妊娠中に服用できる薬が限られているのは周知のとおりだが、赤ちゃんが予定よりも早く生まれてしまいそうな「切迫早産」の状態では、早産を抑える薬が使われている。その薬に重篤な副作用があることが指摘され、本誌の取材で妊婦の死亡例まで出ていることがわかった。

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 愛知県に住む会社員のAさん(42)は3年前の妊娠中に、急に腹痛に襲われた。初めての出産を控えた妊娠18週目のことで、近くの病院に救急車で運ばれ、医師から、こう言われた。

「流産しかけているから、張り止めの薬を点滴します。それしか方法はありません」

 張り止め薬とは、子宮の張りを抑えることで早産を治療するもの。Aさんは、当時の状況をこう振り返る。

「点滴されたとたん、天井がグルグル回るように見え、意識を失いました。入院中ずっと点滴をし、心臓の鼓動が激しくなり、気持ちが悪く、ただ苦しいだけでした。食事ものどを通らず、精神的に不安定になってきて、『もう苦しいから赤ちゃんいらない』と叫んでおなかをたたいて……。今思うと頭がおかしくなっていたんだと思います」

 点滴を受け続ける入院生活は約2週間におよんだ。その後も、入退院を繰り返し、腕は点滴の針を刺す場所もないほど針の痕だらけの状態に。それでも37週目に男児を出産し、幸いにして母子ともに健康だった。

 しかし、Aさんは衝撃的な事実を突きつけられる。Aさんが「張り止めの薬」と説明されて点滴を受けた薬は、子宮収縮抑制剤「塩酸リトドリン」(一般名)といい、母子ともに重篤な副作用が指摘されているものだった。以前からこの薬の危険性を訴えてきた、名古屋大学名誉教授(産婦人科)の水谷栄彦医師は、こう話す。

 
「塩酸リトドリンは分子量が小さく、母体に投与されると胎盤を簡単にすり抜けて胎児に届くため、母体だけでなく、胎児の心臓にも危険なのです。EUでは2013年10月、『リスクがベネフィット(利益)を上回る』として内服薬が承認取り消し、点滴薬が使用制限される事態になっています」

 EUの欧州医薬品庁が指摘したリスクとは、母子両者に重篤な心血管系副作用が生じること。内服薬と点滴薬、いずれもリスクがあり、内服薬はベネフィットなし、点滴薬は子宮収縮抑制剤としての使用を48時間以内に制限した。

 Aさんは、赤ちゃんにも重篤な副作用の危険性があることを聞いて憤る。
「そんなことは全然聞いていない。それを知っていたら、絶対に点滴を拒んだのに。これでもし赤ちゃんに影響があったら、あんなに苦しんで点滴に耐えたのはなんだったのか……」

 この薬の副作用について、本誌が独自に入手した副作用情報集計資料がある。そこには、妊婦が死亡した例もあると記載されている。

 資料は、塩酸リトドリンを開発し、商品名「ウテメリン」として発売するキッセイ薬品工業が、薬事法に基づき02年に厚生労働省に提出した社外秘のもの。承認から約17年間で、母体に重篤な副作用が251例あったと記載されている。内訳として、肺に水がたまる病気の「肺水腫」が87例。白血球が減り、免疫力が低下する病気で、感染症を起こしやすくなる「無顆粒球症関連」が132例。全身の骨格筋が溶けていく病気の「横紋筋融解症」が32例となっている。多くは回復しているが、肺水腫のうち1例は死亡したと報告されている。

週刊朝日  2014年11月28日号より抜粋