“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、アベノミクスを支える日銀の危機感のなさに不安をこう語る。

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 砂州で餌をついばんでいる群れの真ん中で、人や獣の接近を、餌も食べず見張っている雁のことを奴雁(ドガン)と言う。日銀の役割とは、大衆迎合に走りがちな政治に対して、奴雁の役割を果たすものだと、私は思っていた。ところが日銀はいまや奴雁ではなく、ドンカンなのだ。

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 中央銀行である日銀は、宴もたけなわのときに「そろそろお開きにしましょうね」という役割を果たす機関のはずなのに、いまや、鉦(かね)や太鼓をたたきアベノミクスの先頭で踊っている。量的緩和というアベノミクスの第1の矢を担っているのだ。私は日銀がハイパーインフレのリスクを全く認識していないか、無視しているのではないか? とえらく心配だ。

 米国の中央銀行のFRB(米連邦準備制度理事会)のイエレン議長は6月18日に「FRBは当面、巨大な(資産規模を示す)バランスシートを持ち続ける」と宣言した。2008年のリーマンショック以降、FRBは資産規模を巨大化させ始め、いまや約4兆4千億ドル(約450兆円)にも膨らませた。それをキープするというのだが、私に言わせれば当たり前だ。長期債を買ってしまったから縮めようがないのだ。保有債券を売ろうとしても金利引き上げ(=値段を下げたい)時には誰も買ってくれない。満期待ちしかないのだ。6月23日付の日本経済新聞7面の記事「主要国中銀、資産が膨張」によると、「FRBが(バランスシートの規模を)平時の水準に戻すのに『10年近く必要』との見方も出始めた」そうだ。

 資産規模が巨大ということは負債サイドも巨大ということだ。中央銀行の負債とは主として「発行銀行券と民間金融機関が中央銀行に置く当座預金」であるからして負債サイドが巨大ということは「お金をジャブジャブにしたまま」ということだ。

 中央銀行の資産規模が大きいとインフレになるリスクが高い。お金がジャブジャブだからお金の価値が下がるのだ。大量の国債購入が財政規律の悪化を招いて通貨の信用が低下するからインフレになるともいえる。

 日経新聞の記事には、金融史が専門のファーガソン米ハーバード大教授が最近の講演で「1950年~80年は中銀の肥大化がインフレと深くかかわっていた」と発言したとあった。教授の指摘によると、「1900年以降、主な中銀の資産はGDPのほぼ10~20%」だったそうだ。しかし、現在、FRBをはじめECB(欧州中央銀行)やBOE(英中央銀行)の資産規模は、国内総生産(GDP)比で約25%弱と歴史的に極めて高い水準にある。イエレン議長は、今後、巨大な資産規模を維持したまま、歴史に反してインフレを抑え切れるだろうか?

 ところで、異次元の量的金融緩和を進める日銀の資産規模はどうかというと、欧米中央銀行と比べてダントツに高い。GDP比で50%超にも達する。すでに出口を探し始めたFRBが「平時まで圧縮に10年」かかるのなら、日銀は15年から20年はかかるだろう。

 日銀はハイパーインフレを回避できるのだろうか? 鉦や太鼓をたたいてアベノミクスの先頭で踊っていていいのだろうか? 鈍感にすぎませんか?

週刊朝日 2014年8月8日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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