1980年度生まれの“松坂世代”に立ちふさがる「壁」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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1980年度生まれの“松坂世代”に立ちふさがる「壁」

連載「ときどきビーンボール」

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週刊朝日#東尾修
現役最年長48歳の山本昌。今季は2軍で調整を続けている (c)朝日新聞社 

現役最年長48歳の山本昌。今季は2軍で調整を続けている (c)朝日新聞社 

 野球選手にとって加齢に伴う衰えは大きな「壁」となる。野球解説者の東尾修氏は、選手たちは32~34歳で、この壁にぶち当たると推察する。

*  *  *
 どんな世界だってそうだけれど、技術が進歩すると、昔とは比べものにならないくらい、楽で、簡単で、新しい感覚やモノを手に入れられる。昔の人は古いといわれる時代になる。野球界もそう。ウエートトレーニングが導入され、さらにコンディショニング面の革新は、私の現役時代からは信じられないものとなった。

 私が西武の現役時代、2月の高知キャンプにウエートトレーニングが導入された。ダンベルなどの基礎的なものだったけど、中学や高校の時から慣れ親しんでいるわけではない。筋力をつける意味だったと思うが、腕の筋肉が張ってしまって、投球どころではなかった。すぐに断念したことを覚えている。今では笑われてしまうよな。

 イチロー(ヤンキース)やダルビッシュ有(レンジャーズ)がよくコメントしているけど、

「昔と今ではトレーニング面が進歩している。選手寿命は延びるし、固定観念は意味がない」

 そういう考え方もある。

 球界全体を見渡すと、山本昌(中日)などは40歳代後半になっても1軍で投げている。だが、どうだろうか。いまだに大多数は、加齢に伴う衰えを打破できないでいる。投手でいえば、年齢32~34歳というところで「壁」がやってくる。今の野球界でいえば、1980年度生まれの松坂世代が当てはまるかな。松坂大輔(メッツ)、藤川球児(カブス)、和田毅(同)は、いずれも肘の手術をした。ずっと一線で投げている投手でも、杉内俊哉(巨人)は、速球にかつての球威がなくなってきた。長く野球を続けるためには超えなければいけない壁が、いまだに存在している。

 では、トレーニング理論の確立していなかった先輩たちは、いかにして壁を乗り越えたのか。

 私は打者との駆け引きだったよね。打者の目を見て、内角を突くぞと思わせておいて外角に投げたり、外角に目線を置いて、内角に投げたりした。左肩も利用した。左肩をいつも以上に三塁側に入れ、そこからクロスで外角に投げて角度をつけたり。相手との駆け引きや読みで、衰えをカバーした。制球力を磨くのももちろんだけど、そこにも活路を見いだした。

 先輩たちは、自分の衰えを認め、真剣に向き合った。可動域が狭まった、体の柔軟性が失われてきた、パワーが衰えた、ならばどうするか。

 40歳代後半まで現役で活躍した工藤公康もそう。30歳を超えたら、ブルペン投球を増やしたよね。体のどこが使えていて、どこが使えていないのか。今の体でどんな投球フォームがいいのか。マウンドの上でも確認していた。そこに栄養学やスポーツ医学、トレーニング全般の知識を加えていった。

 毎年のように体は変化する。同じ状態の年なんてない。トレーニング技術の進歩で、グラウンド外の練習が重要なのも分かる。だけど、それに頼って、肝心の自分の体に敏感にならなかったら、どのトレーニングも効果は薄い。その時に合った自分を見つけていかないと、生き残れない。

 ものや理論があふれかえっている。それにおぼれてはいけないと思う。今、自分に何が必要なのかを考える。野球のルールは今も昔も変わらないのだから。

週刊朝日 2014年6月27日号


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東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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