本誌で「ああ、それ私よく知ってます。」を連載する落語家の春風亭一之輔さん。電車の中でついつい目に入ってしまう他人の携帯画面に、様々な人間模様を夢想しているという。

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 前回(2014年5月9・16日号)ここで書いた通り、とうとう週刊朝日編集部ご一行様が私の高座を観に上野・鈴本演芸場へやって来ました。前夜、「お前、つまんなかった」との理由で執筆者変更になった上、編集長の口座に二十万円振り込まされる(罰金?)という悪夢をみたので必死でやりましたよ。「じゃ、お近づきに一杯」ということで私と週刊朝日編集部のメンバー、総勢五人で食事会。一次会でかなりゴキゲンな編集長を残し、一人減り二人減り、担当のO氏まで帰ろうとしたので妙な胸騒ぎがして無理矢理にO氏を捕獲。二次会半ばでわかりました。……そういうことか。読者のみなさん、本誌編集長はちょっと酒癖が「不自由」です。便利なコトバだな、「不自由」。

 さてさて、この原稿は御徒町の行きつけの喫茶ルノアールで携帯電話を使って書いています。しかもガラケーでメールにシコシコ打ち込んでいるのです。大の男がガラケーを両手に握ってウンウン唸ってるのはいかがなものか、と思いますが電車の中でもしばしば。少し前までは七人掛け座席の乗客全員が携帯を手にしてると「おいおい、ビンゴだよ。世も末だね」なんて思ってましたが、なんかもう麻痺してきましたね。文庫本を読んでる人の方が珍しいくらい。

 みなさんは何の気なしに近くの人の携帯を覗いてしまうことがありせんか? ないかなぁ? 私はラッシュの時など、つい見えちゃった液晶画面に「えっ、なにこれ!?」と心を揺さぶられることが多々あります。記憶に残ってるのは、サラリーマンの待ち受け画面が蓮紡議員だった時(似てる人?)、OLの待ち受け画面が着物姿の北の富士勝昭だった時(確実に本人)、おばさんの待ち受け画面が毛筆の書で一文字「誠」としてあった時。真っ昼間からイヤホンしてエロ動画を鑑賞しているおじさん。NHKの「テレビ体操」のレオタードお姉さんを凝視してるおじさんもいたなあ。こっちの方が業が深い気もしますが。新入社員風のOLさんが某巨大掲示板の「入社三日目にして辞めたくなってるヤツ」スレッドを死んだ魚のような目で眺めてるのを見たときは、後ろからギュッと抱きしめてあげたくなりました。捕まるからしないけど。

 最近は字の大きい「らくらくホン」の普及で中高年のみなさんのメールの文面が大変読みやすくなりました。否、目に入りやすくなりました。「今から帰ります お母さんより」と送った木野花さん似の女性が、返信を受けて、「お母さんにも都合があります!」と打ち返してたり。若い女性を連れた宇津井健風の紳士が「いま、こおりやま」と巣鴨駅に停車中に送信してたり。矢崎滋さん似のサラリーマンが「重ねて平にお詫び申し上げます」という文面に土下座絵文字を添えてたり。その矢崎が5分後には異なる誰かに「もちろんだにゃー(ハート)」と送ってたり。

 相手や前後のやりとりはわかりませんが、いろんな人間模様を夢想させてくれます。いや、決して読もうと思って読んでるわけじゃないんですよ。目に飛び込んでくるんだな。しかたなし。

 只今、ルノアールに入店して四時間半。ブレンド一杯に日本茶一杯だけで延々ガラケーを握っている男を見て、バイト実習生の女の子はどんな人間模様を夢想してることでしょう。ギュッと抱きしめて欲しいっす。

週刊朝日  2014年5月23日号