ほのぼのタッチの画風でおなじみだったイラストレーターで作家の安西水丸さんが亡くなった。その早すぎる死を悼む声は安西さんがこよなく愛した酒をともに酌み交わした仲間たちからも上がっている。そのうちの一人、作家の角田光代さんは、安西さんとの思い出をこう語る。

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 安西水丸さんとはじめて会ったのは、ビールについての対談の席だ。私はひどく緊張していたけれど、水丸さんは、戸惑うくらい対等に話をしてくれた。ビール会社がスポンサーの、ビールがテーマの対談なのに、「ビールは最初の一杯だけがおいしくて、あとはもうおいしくない。一杯飲んだらすぐに日本酒に切り替える」と、平然と言い放っているのはなんだかかっこよかった。私はそう思っていても、ビールのページでそんなふうには言えないタチなのだ。

 そのとき、またいっしょに飲みましょう、という話になった。社交辞令で、実現しない話だろうなと思っていたら、共通の知人を介して連絡があり、3人で飲むことになった。場所は恵比寿だった。恵比寿は30代の人の町だと、そのとき水丸さんが言った。若いときより経済的に少しゆとりができた、おいしいものもわかるようになった、そういう店をさがすのがおもしろくなってきた、そういう年齢の人たちの町だ、と。びっくりした。ぱっと本質をつかんで、簡潔でわかりやすい言葉にする、その鋭さとやわらかさに驚いた。すごい人だと、会う前から知っていたけれど、こういう静かなすごさは、会ってはじめてわかるのだなと思った。

 その後、水丸さんが部長であるところの、カレー部に参加させてもらうようになった。インドカレーやネパールカレーの店に、日本酒を持ちこみ、飲食する部である。いつも3升ほどの日本酒を持っていって、つまみを食べ、最後にカレーでしめる。日本酒がなくなると自動的に会は終了する。カレー部の参加者は8人前後で、大勢いるから、何か特定のことをしっかり話すようなことはなく、他愛もないことをだらだらと話している。たんなる飲み会である。そんなわけで、水丸さんと多く語ったわけではない。水丸さんは対等に語りかけてくれるけれど、私は水丸さんと対等に話せるほどの何も持っていない。

 そんななかでわかったのが、かっこわるいことがとことん嫌いな人なんだな、ということだ。野暮なこと、無粋なことが大嫌い。格好や仕草のことではない、たましいだ。たましいが垢抜けなくて洗練されていないことを、嫌がっているように、私には見えた。当然ながら、水丸さんはたましいが軽妙酒脱だった。年下だから、偉い人だからと態度を変えたり、対等に見なさなかったりするのは、その粋なたましいが許さなかったのだろう。

 カレー部に入部した私の夫が音楽をやっていると知るや、アルバムジャケットを書きましょうかとご自身から申し出てくれて、これまた、社交辞令だと思っていたら、本当に描いてくれた。そうか、社交辞令も、水丸さんにはかっこわるいことなんだと理解した。思ってもいないことは口にしないし、口にしたことは本音で、だから実行する。ぼくが歌詞を書くから曲をつけてくださいと、夫にはずっと言っていた。これだってきっと本音だった。ああ、聴きたかった、水丸さんの歌。

 私は水丸さんのほんの一部しか知らない。ちいさなつきあいしかできなかった。だから月並みなことしか言えない。水丸さんと飲むことが私は大好きだった。かっこいいこととかっこわるいことを、言葉ではなくさりげない行動で、もっともっと教えてほしかった。でも、こんな文章を書いていること自体、水丸さんにとったら野暮で凡庸で、かっこわるいことなのかもしれない。

 この、ひゅん、としたいなくなりかたは、いかにも水丸さんらしい。呆然としている私たちを、遠くから見て笑っている気がする。あのかすれた笑い声で。

 いつか、水丸さんが今いる世界に私もいって、カレー部にふたたび入部しようと思います。

週刊朝日  2014年4月18日号