世界遺産登録に向けて作った幟(のぼり)。意気込みは感じられるが……(撮影/写真部・松永卓也)
世界遺産登録に向けて作った幟(のぼり)。意気込みは感じられるが……(撮影/写真部・松永卓也)
三保松原の遠景。季節外れの台風が接近した6月12日に撮影。雲が多く、富士山頂もわずかに見えるだけだが、冬の景観はすこぶる美しい(撮影/写真部・松永卓也)
三保松原の遠景。季節外れの台風が接近した6月12日に撮影。雲が多く、富士山頂もわずかに見えるだけだが、冬の景観はすこぶる美しい(撮影/写真部・松永卓也)
人通りより幟のほうが目立つ清水駅周辺(撮影/松永卓也)
人通りより幟のほうが目立つ清水駅周辺(撮影/松永卓也)
太い幹の松が生い茂る。松林を抜けると一面に駿河湾が現れ、北側には美しい富士山が拝める(撮影/松永卓也)
太い幹の松が生い茂る。松林を抜けると一面に駿河湾が現れ、北側には美しい富士山が拝める(撮影/松永卓也)

 生い茂る松林に、果てしなく遠く続く浜と海。その先、空高くそびえるは、息を呑(の)むほどに美しい富士山――。

 世界文化遺産に登録間近の富士山。登録の条件として“除外”の対象になった三保松原(静岡市)は、歌人・与謝野晶子や絵師・歌川広重ら数多くの文化人に古くから愛されてきた風光明媚な景勝地だ。この雄大な景色の一体どこに文句があるのか、と思いきや……。

 ん!? 見えない。

 写真を撮ったのは、季節外れの台風が近づいた6月12日。終日、厚い雲に覆われていたが、粘りに粘って、黄昏時の一瞬、富士山を拝むことができた。が、山頂部分がほんの少し見えるだけ。広島から観光に来た年配5人組も、落胆の表情で、荒れる高波をバックに記念写真を撮っていた。「三保から富士山がはっきり見える日は、年間通じて4割弱くらい。ほとんどが冬で、夏はあまり見えないんです」(静岡市文化財課)。

 “旬”は、富士山頂が雪で白く彩られる冬というが、それを知らない日本人は多そうだ。富士山の世界文化遺産登録の是非を調査するユネスコの諮問機関・イコモスのメンバーが訪れたのも、昨年9月5日。文化財課担当者が言う。「カナダ人女性調査員が訪れた日も曇天でした。ほとんど富士山は見えず、雲の隙間から山頂が見えた時間は、ほんのわずかです」。

 つまり、季節は違えどこの写真のような光景を調査員が見た可能性がある。不運だった。

 さらに“日本の名勝”で暮らす地元の住民たちも、「松林以外は住宅地。道路も整備されてないのに世界遺産になったら渋滞がひどくなる」「富士山から離れていて他に観光するところがないのに来られても、正直恥ずかしい」と、案外冷めている。

 だがしかし、市側は名勝を決して見捨てはしない。イコモスに「審美的な観点から望ましくない」と指摘された消波ブロックは、今後、徐々に減らす検討をしている。また、南北に茂るおよそ5万本のクロマツは、害虫「マツノザイセンチュウ」などの影響で伐採を余儀なくされているが、年間5千万円以上を費やして保全に努めている。年間90万人の観光客をさらに増やすべく、世界遺産の幟(のぼり)を人気(ひとけ)の少ない商店街でさえもはためかせ、“逆襲”ムードを盛り上げる。市の鼻息はすこぶる荒い。

 イコモスの評価には「(富士山頂から)45キロ離れていて、山の一部として考慮し得ない」とあるが、「確かに、距離は離れているかもしれないし、山の一部でもありません。ですが、自然遺産ではなく文化遺産として芸術的価値が求められるならば、多くの和歌や絵画が残っている三保松原が含まれることで、さらに高まるはずです。最後まで諦めずに登録に向けてがんばりたい」(担当者)。

 世界遺産委員会による登録発表は6月21~23日と言われている。三保松原の運命やいかに。

※この記事は6月18日(火)発売の週刊朝日6/28号に掲載された記事です。この時点では三保松原は世界遺産の資産として除外される可能性がありましたが、21日の審査で三保松原も含めての世界遺産登録が決定しました。おめでとうございます!(dot.編集部・注)

週刊朝日 2013年6月28日号