老人ホームの配置医師として300例以上の自然死を経験、医療に頼りすぎない「大往生」を勧めて注目された中村仁一医師が、「自然死の秘訣」を語る。

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 高齢者は無理な延命治療をすべきではない。なぜか。後に残る人たちに「自然に死ぬ姿」を見せられなくなるからです。あるがまま死にゆく姿を見せるのは、先に逝く者の責務であり、最後の大仕事ですよ。

 最近の日本人は死ぬということをわかっていない。死は自然現象で本来は穏やかで安らかなはずなのに、今は苦痛の多い死に方が増えているでしょう。理由のひとつが「医療に関わりすぎる」こと。それで死がより悲惨でより非人間的になってしまっているんです。

 私は老人ホームに勤務して以来、12年間で300例以上の「自然死」を経験しました。最期まで医療が介入せず、点滴注射も酸素吸入も行わない。栄養を遮断して飢餓状態になると、脳内にモルヒネ様物質が分泌されるので、幸福感が味わえるようです。また脱水状態になると、血液が濃くなり意識レベルが下がるので、まどろんだ状態になります。1人、2人ではなく、300人がそのような静かな最期でした。人間には死の間際に「苦しみを防ぐしくみ」が生まれつき備わっているとしか思えません。

 ところがこの場に医療が入ると、幸福な死を阻害してしまうのです。私のいるホームにも、他の病院で胃ろうをつくった高齢者が30人ほどいます。胃ろう処置は昔は全身麻酔が必要でしたが、今は局部麻酔で10?15分でできる。でも胃ろうは元々子どもの食道狭窄のために考案されたのですよ。適用範囲が広がり、今や年寄りの延命措置としてすっかり有名になりました。

 しかし、どう考えても不自然です。90歳近くて意識がないのに一日3度胃ろうから栄養を送られ、体が動かないために次第に骨が変な形に固まってしまう。棺に入らないので骨をポキポキッと折ったりして……。死後まで痛々しい限りです。

 本来、医療には二つの目標があるはずなのです。一つは回復させること、もう一つはQOL(生活の質)が改善すること。この二つの可能性がない高齢者に対しての医療は、無為に本人を苦しめるだけ。医療は限定的に利用して死ぬときまで頼りすぎない、それが自然死の秘訣です。

週刊朝日 2013年1月4・11日号