ノーベル生理学・医学賞を受賞した京大の山中伸弥教授。氏が作り上げたiPS細胞の実用化が難しい理由を、生物学者で早大教授の池田清彦氏がこう解説する。

*  *  *

 山中伸弥京大教授が、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を世界で初めて作出した業績により、ノーベル賞を授与されたのは喜ばしい限りだが、明日にでも難病患者が救われるという話ではまだないのだ。期待が大きすぎると、森口尚史元東大特任教授のペテン話に、科学リテラシーのないマスコミがすぐ飛びついたように、おかしな事になりかねない。あまり焦らずに長い目で見守ってほしい。ここではiPS細胞とはそもそも何なのかという話にからめて、なぜ実用化が簡単ではないかについて私見を述べてみたい。

 iPS細胞は分化した細胞にいくつかの遺伝子を導入して作られるが、これらの遺伝子は他の遺伝子の活性を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質を作る遺伝子である。この導入された遺伝子が実際どんなメカニズムで分化した細胞を未分化な細胞に戻しているかはブラックボックスでよくわかっておらず、実際に分化した細胞に、初期化に必要な遺伝子を導入しても数百個に一個くらいしかiPS細胞にならない。今のところ宝くじを当てているような状態なのだ。ES細胞由来のものに比べがん化する確率も高く、これも究極原因は不明なため、試行錯誤でより安全なiPS細胞を開発する必要がある。実用化にはまだ時間がかかると思う。

週刊朝日 2012年12月21日号