読売新聞の報じた、森口尚史(ひさし)氏の「世界初、iPS細胞移植」という誤報が世間を賑わした。キャスターの辛坊治郎氏は、この「世紀の大誤報」の背景にあるものを次のように分析する。

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 今回、読売新聞の記者はなぜ、話の節々で白目をむき、全身から「怪しいオーラ」を発散させていた男の嘘に、易々(やすやす)と引っ掛かったのか? 最大の理由は男の「肩書」だ。

 高齢化社会の中にあって最も嫌われる老人のタイプは、現役時代の「肩書」をひけらかす輩だとよく言われる。また、肩書の源泉たる「学歴」社会批判も近年あまり耳にしなくなった。それどころか、少子化と大学新設ラッシュで、今や自分の名前さえ書ければ誰でも大卒の学歴を手に入れられる時代だ。しかしそんな時代にあって、森口某は、日本社会でいまだ一部の肩書が、破壊的ともいえる力を発揮することを見事に証明してしまったのだ。

 アメリカハーバード大学客員講師、東京大学医学部iPS細胞バンク研究室室長、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、東京大学病院特任研究員等々、一連の騒動で登場した森口氏の肩書は、虚実入り乱れて正に「百花繚乱」だ。しかし、例えば「東京大学病院特任研究員」と聞けば何やら重々しいが、その実態は、時には無給の研究補助員でしかない。だが、その肩書は「記者発表」の舞台となった東大医学部の会議室という場の力と相俟(あいま)って、記者の判断力を失わせた。肩書すら確認せず、研究実態の検証を怠って記事を書いた記者の取材姿勢は論外だが、日本社会に根深く残る肩書信仰こそが、騒動の底流にあるように思う。

(週刊朝日2012年11月2日号「甘辛ジャーナル」からの抜粋)

週刊朝日 2012年11月2日号