ナンシー関 西田敏行の大ヒット曲「もしもピアノが」を嫌っていた 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ナンシー関 西田敏行の大ヒット曲「もしもピアノが」を嫌っていた

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週刊朝日

 不世出のコラムニスト・ ナンシー関の死去から、この6月12日で10年になる。彼女の感性や物の見方を鍛えたもののひとつにサブカルチャーがある。アート雑誌を好んで読み、ムーンライダーズやYMOの音楽を聞いていたというナンシー。彼女にとってのサブカルチャーとは何だったのだろうか。●文・ジャーナリスト横田増生

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 ナンシーにとってサブカルチャーとは何であったのだろう。

 それは、世の中で大きな顔をする「超メジャーなモノ」を受け入れたくない気持ちであり、物事の細かいニュアンスを大切にする心構えだった。ナンシーは、西田敏行の大ヒット曲「もしもピアノが弾けたなら」が嫌いだったという。その理由をこう語る。

〈受け手の受け止め方を強要してるんだよね。解釈の仕方が一個しか許されない。もう精神としての演歌だよ。演歌はいいけど精神的演歌は嫌だ〉(『隣家全焼』文春文庫)

 それに対してムーンライダーズやYMOの音楽は、聞く人によって大きく解釈が違ってくる。この多様性を尊重するナンシーの柔軟な精神こそが、後のテレビ評論の視座の中核にあり、同じテレビ画面を見ながらも、他の人が気づかなかったことを次々と見破って、多くの読者から喝采を浴びることにつながっているように、私には思える。

※週刊朝日 2012年6月8日号


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