路上から決してうかがい知れない不思議で奇妙な「屋上」という空間。東京の屋上からの光景を捉えた『東京屋上散歩』(淡交社)を出版した写真家・鷹野晃氏がその「屋上」の魅力と必要性を語った。

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 屋上には、地上では味わうことのないようなあやしい時間が流れている。放課後の教室で気になる女の子と交わした会話をふいに思い出し、子供が3歳の時に見せたとびきりの笑顔が雲の間に浮かぶ。"向こう側"にいってしまった人たちが、何かを語りかけてくれることもある……。

 屋上にはイメージを喚起する強い力がある。妄想がふくらみ、あれこれと思いは駆けめぐり、時空さえも越えてしまう。そんな場所にしばらくたたずんでいると、なぜだか心安らぎ、少しだけ元気になる自分がいた。

 屋上は、自分さえも気がついていない心の深いところにある傷をいやしてくれるのかもしれない。

 そこには東京ならではの魅力にあふれた、実にさまざまな表情がある。

 少なくなったとはいえ、まだわずかに残っているデパートの屋上遊園地には、なんともいえない懐かしさがあり、景観整備やヒートアイランドを抑制するために見事に緑化された屋上庭園が目を楽しませてくれる。マンションやビル、都営アパートで見つけた忘れられたような空間だって刺激的だ。老朽化が進み、ほったらかしにされ、コンクリートのすき間から草が伸び放題の屋上など、もうたまらない。

 人にはときどき屋上という空間が必要なのではないか。不安を抱えながらでも前へ進まなくてはいけない今だからこそ、そう思う。

※週刊朝日 2012年4月6日号