前号で、福島県内のゴルフ場が放射能汚染されたので、東京電力に除染を求めた裁判で、ゴルフ場側の訴えが却下されたことについて述べたが、東電によれば、原発事故を起こして大気中と海水中に放出された放射性物質は、所有者が存在しない「無主物」という定義だ。これほど不条理な理屈を、なぜ東電は持ち出したのか? ならば、松本サリン事件、地下鉄サリン事件で、オウム真理教がばらまいたサリンも、無主物ではないか。なぜ、オウム真理教の実行犯たちは、死刑判決を受けたのか? 同じように放射性物質を日本全土にばらまいた東電は、業務上の過失ではなく、事故が起こり得る可能性を充分に知りながら大事故を起こし、司法界で「未必の故意」と定義される重大犯罪者なのである。正気とは思えない東電と、彼らの除染の責任を認めない裁判官の頭の中を、理解できる人がいるだろうか。ゴルフ場側は、決定を不服として東京高裁に即時抗告したが、ここまで日本という国家全体が狂ってしまった。

 このように、被害を起こして平然としていられる社員が集まった企業が、東電という会社だったのである。そのような人非人の集団が、この世で最も危険な原子力発電所を運転しているのだ。会長・社長ばかりか、全社員に人間の血が通っていないからこそ、このような事件があっても、社内で誰も異論を唱えない。原発事故を起こせば、電力会社は今後考えを改めるだろうと読んできたわれわれは、甘かった。どうやら東電は、水俣病を引き起こしたチッソをはるかにしのぐ、度を越した極悪人の巣窟であることがはっきりしてきた。

 放射能の汚泥・汚染土壌・汚染瓦礫(がれき)・焼却灰は、人体にきわめて有害なのである。日本全土に降り積もった放射能の汚染物を、すべて東電本社の社屋に投げこむぐらいの行動を起こす必要があるのではないか。そして、投げこんだあと、「それは無主物だ」と、怒鳴りつけてやらなければ気がすまない。

 そもそも、事は、こうして始まったのだ。6月16日、全国各地の上下水処理施設で汚泥から放射性物質が検出されて深刻になってきたため、政府の原子力災害対策本部は、放射性セシウムの濃度が1キログラムあたり(以下すべて同じ単位で示す)8000ベクレル以下であれば、跡地を住宅に利用しない場合に限って汚泥を埋め立てることができるなどの方針を公表し、福島など13都県と8政令市に通知した。また、8000ベクレルを超え、10万ベクレル以下は濃度に応じて住宅地から距離を取れば、通常の汚泥を埋め立て処分する管理型処分場の敷地に仮置きができるとした。

 さらに6月23日の環境省の決定により、放射性セシウム濃度(セシウム134と137の合計値)が8000ベクレル以下の焼却灰は、「一般廃棄物」扱いで管理型処分場での埋め立て処分をしてよいことになった。さらに環境省は、低レベル放射性廃棄物の埋設処分基準を緩和して、8000ベクレル以下を10万ベクレル以下に引き上げてしまい、放射線を遮蔽できる施設での保管を認めてしまった。

 おいおい待てよ。原子力プラントから発生する廃棄物の場合は、放射性セシウムについては100ベクレルを超えれば、厳重な管理をするべき「放射性廃棄物」になるのだぞ。環境省は、なぜその80倍もの超危険物を、一般ゴミと同じように埋め立て可能とするのか。なぜ汚染した汚泥を低レベル放射性廃棄物扱いとして、ドラム缶に入れて保管しないのか。この発生地は、無主物どころか、福島第一原発なのだから、その敷地に戻すほかに、方法はないだろう。これが「廃棄物の発生者責任」という産業界の常識だ。

 さらに環境省は、放射性物質の濃度が適切に管理されていれば、再生利用が可能であるとして、一般の市場に放射性廃棄物を放出するというトンデモナイおそろしい道を拓(ひら)いた。環境省のガイドラインに従えば、リサイクル製品にはフライパンも入ってくる。えっ、放射性廃棄物が、いよいよフライパンに化けるのか。

 6月半ば、汚泥は関東地方全域で深刻な量に達し、数万ベクレルの汚泥があと数日で置き場がなくなるという危機になった。すると6月24日、農林水産省は「放射性セシウムが200ベクレル以下ならば、この汚泥を乾燥汚泥や汚泥発酵肥料等の原料として販売してよい」というトンデモナイ決定を下した。対象となる地域は、汚泥から放射性セシウムが検出された以下16の都県――岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、長野県、山梨県、静岡県、新潟県――であった。えっ、放射性廃棄物が、いよいよ発酵肥料に化けるのか。

◆レンガに化ける放射性廃棄物◆

 11月2日には、千葉県市原市にある廃棄物処理業者「市原エコセメント」が、9月15日と10月11日に排水を測定した結果、1000ベクレル以上の放射性セシウムを検出していたことを千葉県が発表した。原子力安全委員会が6月に示した基準値の14~15倍に相当するこの高濃度放射性排水が基準値を超えていると知りながら、同社は、1ヶ月以上にわたって計1万3200トンを東京湾に排水してきたが、この日、県の要請を受けて操業を停止した。市原エコセメントは、県内34市町村から受け入れたゴミの焼却灰などを原材料にセメントを製造してきた。えっ、放射性廃棄物が、新築マンションやビル建設用のセメントに化けてきたのか。

 さらに東電子会社の東京臨海リサイクルパワーが、3年間で52万トンの瓦礫を宮城県と岩手県から受け入れる計画だが、可燃ゴミを600℃で焼却し、焼却灰を1450℃で再溶融して固化する。不燃ゴミは破砕処理して、いずれも中央防波堤内に埋め立てる。残留スラグは、8000ベクレル以下であれば、レンガの下地材として転用される。えっ、放射性廃棄物が、レンガに化けるのか。

 問題は、こうした焼却によって、放射能が大気中に振りまかれることにある。一般ゴミの焼却は、低温で焼却するとダイオキシンが出るので、800℃以上の高温で燃焼するように義務付けられているが、震災瓦礫を焼却すると、そこに含まれている放射性セシウムは、沸点が800℃よりずっと低い671℃なので、ガスとなって大気中に拡散するからである。さらに焼却灰では、放射能が高濃度に濃縮されるから、到底、一般廃棄物として扱うことなどできない。

 こんなおそろしいことを、いつから日本の国民は認めるようになったのか。環境省、厚生労働省、文部科学省、農林水産省の大臣と官僚たちがやっていることは、もう、メチャクチャである。国民がこのような不始末を認めれば、日本列島には放射性廃棄物と呼ばれない放射性物質が散乱して、その自然界で採取される食品の放射能汚染はますます長期化して、深刻になる。

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ひろせ・たかし 1943年生まれ。早大理工学部応用化学科卒。『原子炉時限爆弾――大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)、『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)、本連載をまとめた『原発破局を阻止せよ!』(朝日新聞出版)など著書多数
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【動画配信】週刊朝日・談で、2011年12月23日にインターネットで生中継した広瀬隆氏のインタビュー「福島原発事故『収束宣言』大嘘の皮を剥ぐ」の動画が、無料でご覧になれます。

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