以前ジャズシンガーのMAYAさんの作品で「マルティニークの女」というタイトルのアルバムを見つけた時にすごく良いタイトルだなーと思ったことがあります。

 マルティニークやグアダループといったカリブ海に点在する島々を主に”フランスの海外県”と称するようですが50年代や60年代にかけてイギリスやフランス本土、アメリカまで活躍したジャズマンにはこういったフランスの海外県出身のアーティストが沢山いましたし、リーダー作品ともなればそれこそカリブが出自ならではの色づけがなされ独自の世界観を持つ異色作になっていました。このへん枚挙に暇がないので端折りますが、逆に土地に留まり所謂カリビアン・ジャズを発展させた例も沢山あります。とはいえカリビアン・ジャズなるカテゴリーが存在するのか分かりませんし、正統なジャズファンには全くイメージの湧かない分野かと思いますが。私のようなDJはリズム設定命!みたいな部分もありますので多少荒削りでもOK、さらにはジャズの醍醐味であるアドリブソロは意外とどうでも良かったりもするのですね。弁解させて頂ければ「どうでも良い」は正確には間違いで、家で聴くジャズと現場対応のジャズでは選ぶ基準に違いがあるということです。家で聴くというのは音楽制作の参考になるアレンジを勉強したりだとか、純粋にジャズ・オーディオ(といっても大したことはありません)を楽しんだり、アドリブの妙や演奏にもじっくりつき合いたいですよ。つまりそのリズム設定は無視して曲単位の良さに集中できます。なので、どうでも良くはないのです。しかし今回紹介するレコードはその「どうでも良い」隙間方面のレコードなのでコアなリスナーの方は無視して頂いて結構です。

 ルシアン・ジョリーなるサックス奏者がパーカッショニストを編成に加え86年に録音したリーダー作品。当時マルティニークのみに流通していた私家盤のようでリリース数も極端に少ないようですが、'86年といえばデフ・ジャムが猛威を震い麻疹のように世界中にヒップホップを拡散していった時代。さらには最も12インチシングルが売れていた時代かと記憶しています。ジャズの世界だとウェザー・リポートが解散した年ですね。要するに誰もカリブのジャズを注視して居なかったのでそんな私家盤のようなマイナー盤が運良く手元にあるのです。カリブのリズムにパーカッションも加わっている「ジャズ」ということでそれだけで「買い」ですが、色んな奇跡がこのレコードには詰まっていました。

 恐ろしく録音が良い。リズム設定が抜群。世間の垢に塗れていないので当時のエフェクト技術が及んでいない、いま聴くと80年代中期特有のあのエフェクト感がないというのは有り難いものです。ジャズをプレイする現場で一番かけづらいのが80年代のアメリカのジャズだったりするのは余談です。さらには15年前から今に至るまで圧倒的な人気を誇る曲があります。それはM.ルグラン作「ロシェフォールの恋人達」のサウンドトラックに収録された曲の数々なのですが、その中でも主題歌である「双子姉妹の歌」は特に鉄板。このレコードにはどういうわけかそのメインテーマを丸ごと拝借した「Carete b」という曲が収録されていまして、そういう人気曲のカバー(オリジナル曲扱いになっていますが、どうやっても拝借)というのはフロアの空気を丸ごと変える力を持っているので我々DJには正直有り難い。演奏の善し悪し、は野暮なので止めておきますが普段手を伸ばす事のないエレキベースの音色でさえ許してしまった。むしろ頼りないリズム隊を引っ張っている感じさえある。聴いてみないと分からないものですね。

 こういった正体の分からない自主盤を丁寧にCD化するのは日本のお家芸。いやいや、こういうアルバムでさえCD化されるかも知れませんよ。マルティニークとはいえ'86年の録音。何人かのメンバーは存命でしょう。いまやFACE BOOKなどで世界中が繋がってますから一人一人掘り起こして、アプローチして、マスター音源の有無を確認したら契約できます。頑張れ、日本。