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「蓮沼執太フルフィル」のアルバム『フルフォニー』が伝えたいこと
「蓮沼執太フルフィル」(写真提供:Caroline International)
『フルフォニー』ジャケット(写真提供:Caroline International)
ポップなのに従来のポップのフォルムに甘えない。作業は革新的なのに実験性を振りかざさない。それが蓮沼執太という音楽家なのである。コロナの影響で様々な価値観が見直されている今、彼のそのリベラルな姿勢が、改めて大きな意味を持ち始めている。
東京生まれの蓮沼執太だが、ニューヨークにも拠点を持ち、海外での活動も高く評価されている。大学在学中の2006年、音楽系の学部に在籍していたわけでもないのに、アメリカのインディー・レーベルから突如アルバムをリリースし、音楽家として活動を開始した。ユニークな経歴そのままに、日本の音楽シーンの中枢とは適度な距離をとりつつ、独自のスタイルとポジションで活動を展開。坂本龍一、コーネリアス(小山田圭吾)といったすでに世界規模で活躍しているアーティストと交流。作家の古川日出男、現代美術家の飴屋法水(あめや・のりみず)ら違うフィールドの者たちともコラボレートするなど、神出鬼没な活動は、音楽という枠組みを超えて、裾野の広いファンやリスナーを引きつける。
そんな蓮沼がリーダーを務めるグループが、2010年に結成した「蓮沼執太フィル」だ。それぞれ独立して活動する個性あるミュージシャンたちとともに、一般的なオーケストラとは全く違う自由な編成、アレンジで合奏するグループである。楽曲はもちろん蓮沼のオリジナル。ホーンやバイオリンなどの管弦楽器だけではなく、ギター、ベース、ドラム、マリンバやスチールパン、さらにはラッパーや女性ボーカル、音響PAまでメンバーだ。そして大胆な発想で作られた作品は、結果としてポップ音楽の可能性を存分に広げるものになっている。360度オーディエンスに囲まれて演奏するライブも見どころが多く人気だ。
そしてこのほど、メンバーをさらに“増員”。「蓮沼執太フルフィル」として、初のアルバム『フルフォニー』をリリースした。「フルフィル」はオーディションで蓮沼自らが選抜した精鋭10人を加えた計26人で編成。パーカッションや電子楽器のメンバーが増えたこともあり、スムーズに耳になじむメロディアスな曲より、解体、再構築されたような刺激的な構造の曲が印象的だ。
アルバムは全10曲収録。リード曲でもあるポップなラインを持った「windandwindows」に始まる。蓮沼自身のまろやかなタッチのボーカルと、コーラスの木下美紗都のうららかな歌声とのハーモニーが堪能できるキャッチーな曲だ。だが、今作の特筆すべきポイントは、なんといっても2曲目から5曲目にかけて一まとまりとして聴くべき4楽章からなる「FULPHONY」だろう。
「Difference」「Greeting」「Gush」「Faces」とそれぞれに副題がついているように、曲ごとに異なる表情を持っている。楽器や機材の音の「鳴り」を、日常の「もの音」のようにドレスダウンさせた小品「Difference」、穏やかな風景を優雅な風合いで綴りながら後半に向かって大きな膨らみを見せる「Greeting」、スピード感あるミニマルなリフの繰り返しがスリルを醸し出す「Gush」、低音がモダンにうなるジャズ・ファンク的な演奏に環ROYのラップが乗った「Faces」……。聞こえてくる音はオーガニックな生楽器の響きだったり、クールでひんやりとした電子音だったりと様々。コーラスとラップが同じ曲で対等に声を出し合ったり、サックスとスチールパンが折り重なったりする瞬間も面白い。
それらを音響PA担当のメンバー葛西敏彦の手腕で皮を鞣(なめ)すように整えられている部分もあれば、あえて歪(いびつ)なままにしている部分もあるなど、実は音処理も一辺倒ではない。そう、全く違う質感の音が連なることで、この曲からは一つの哲学が伝えられるのだ。それは様々な人、もの、事象が共存することの意義。多様性こそが、あらゆる価値観が再定義されるべきコロナ禍時代の新課題をあぶり出す。その課題とは、どんな人間も等しくあるべきだという蓮沼の思いでもある。アルバム後半は、前半曲のリミックスが並ぶ。それもまた、一度完成された曲も、実は自由に解体できるという柔軟な姿勢を伝えているかのようだ。
横尾忠則が手がけたアルバムのアートワークには、様々な動物、生物、景色が当たり前のように描かれている。湖に映る山や空の色も全く同じに見えて実は異なっている。蓮の花が多く描かれているのは、蓮沼執太の名前になぞらえているのだろうか。現在、蓮沼は日本にいるが、ニューヨークの住まいの近くでは「Black Lives Matter」の抗議デモもあったという。全ての人類、全ての生命体は、どのように一つの地球(ほし)で共存していくべきなのか。このことを「蓮沼執太フルフィル」の作品は、我々に示唆しているのではないだろうか。
(文/岡村詩野)
※AERAオンライン限定記事
AERA
2020/09/01 16:00