石牟礼道子資料保存会の作業過程から生まれた遺文集。原稿用紙を綴じ合わせた冊子、未完の草稿を書きつけたノートなどから特に散文をピックアップして、晩年に至るまで年代順にまとめている。

 水俣病問題を扱った『苦海浄土』のイメージがあまりにも濃厚な石牟礼の作品には、居住まいを正さずには向き合えない──。それが思い込みにすぎないことを、この本は教えてくれる。若い頃の随筆風の断章などに、今の言葉で言う「こじらせ女子」的な鬱屈した自意識の横溢が見られることも興味深い。

 何より、鮮烈なイメージ喚起力のある豊穣な言語表現、その圧倒的な吸引力には舌を巻く。後年、能や狂言の世界に軸足を移していった道筋もよくわかる。ここは肩肘張らず、幻想性に満ちた石牟礼ワールドに無心な状態で身を浸したい。(平山瑞穂)

週刊朝日  2020年3月27日号