私は過去に2度ツキノワグマを目撃したことがある。1度目は2014年9月の野麦峠(長野県と岐阜県の県境)で。2度目は16年7月の秋田県鹿角市で。「出没注意」の警告看板は出ていたけど、ほんとに見ると驚きます。

 米田(まいた)一彦『熊が人を襲うとき』は近年多発しているクマ(ツキノワグマ)による人身事故を、地方新聞の記事を元に徹底調査した労作だ。著者はクマを追って46年という元秋田県庁職員。自身も8回襲われた経験があるという。

 死亡事故のピークは5~6月で、ゼンマイ、ワラビ、タケノコなどの山菜採りで山に入った人が襲われる。次に多いのは9~10月で、キノコ採りやクリ拾い、クルミ拾いの人が襲われやすい。身体を丸め、手元に視線が行き、本人は採取に熱中しているため、重大事故につながりやすいのだそうだ。

 でも問題は、どうやればクマに襲われずにすむか、万一遭遇したときはどうするかですよね。過去の例を見ると、けっこう強者が多いんだ。ナタやカマで反撃した人。ピッケルやステッキなどで撃退した人。手に持っていた傘やバケツを振り回した人。そして意外に多いのが徒手空拳で闘った人!

 著者によれば、クマの有効な撃退法は、物を振り回す、大声を出す、細い木の後ろにじっと隠れて「木に化ける」など。逆にラジオは放送内容に気を取られてクマの接近音を聞き逃す可能性があり、鈴の携帯も「拾う」「採る」動作の間は止まるため過信はできない。
 じゃあ、どーするか。

〈クマを見ながら後退りする〉のが一般的な対処法だけど、著者が1953年の新聞記事から拾った「名文」がこれ。〈クマと出くわしたら騒いだりせず、付近の窪地へ素早く伏せ、とくに顔を地面に、へばりつき静かに息を殺しているとクマは一応、背中を、なでる程度で危害を加えず、しばらくすると行き過ぎると言われている〉

 つまり意外にも〈死んだ振りは有効だ〉と。反対に〈クマに背を向けて逃げると襲われる〉。「お嬢さんお逃げなさい」というあの歌は信用できないみたいね。

週刊朝日  2017年7月21日号