先日、又吉直樹がお笑い芸人で初の芥川賞受賞となり、話題を呼んだ。読書離れが嘆かれる時代であるが、年に2回の発表時期が近づくと選考の行方に人々の注目が集まる。本書は、芥川賞が昭和10年から始まり、日本を代表する文学賞となり得たその魅力に迫る。
 文化部記者の著者は、本書のため152回にわたる選評を読破した。そこから浮かび上がるのは、選考委員たちの血と汗と涙の物語。選考会では文学の「新しさ」を求めて激しい議論が交わされる。対立がなかなか解けず、口論になることもあった。推していた作品が受賞を逃し、高ぶった気持ちを落ち着かせようと「足の裏に血豆ができるくらい」歩き回ったという小川洋子のエピソードからは、選考委員の知られなかった苦労が垣間見える。誰よりも「新しさ」を尊重し、新人への叱咤や激励を惜しまなかった川端康成の姿勢には、文学者としての矜持と厳格さがある。
 選考会の現場に立ち会ったかのような生々しい読後感が残る。丹念な調べと取材の賜物だろう。

週刊朝日 2015年8月14日号