1920年代、日本にはあらゆる権力に逆らおうとした若い芸術家たちがいた。ダダイストの辻潤と高橋新吉である。本書には彼らに触発され「高ダダ」と名乗っていた朝鮮人、高漢容をめぐる様々な逸話が記されている。
 ダダイズムという新しい芸術運動は、夏の夜空を一瞬にして彩る花火のように多くの若者の興味を引き付けたが、「権威に頼らなければ生きてゆけない人間の本質的な弱さ」ゆえ、現実においては無力であった。今や韓国文学史上唯一のダダイストであった高を記憶している人はほとんどいない。
 だが、高漢容という「無名の人物」の痕跡を辿ると、廉想渉、羅稲香などの朝鮮の人気作家から、佐藤春夫、秋山清まで、当時の日本と朝鮮で活動していた豪華な顔ぶれが立ち上がる。著者は丹念な調査や膨大な資料をもとに、今まで脚光を浴びることのなかった日韓のダダイストたちの交流を描いているのだ。
 資料の穴を埋める豊かな想像力と既存の研究を転覆させる鋭い分析力によって、著者はダダという「破壊の道」を夢見た若者たちの青春をスリリングに描きあげている。

週刊朝日 2014年9月19日号