書評『蔵書の苦しみ』岡崎武志著 |AERA dot. (アエラドット)

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《新書の小径 (週刊朝日)》

蔵書の苦しみ 岡崎武志著

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青木るえか#新書の小径

読書家は“いい意味”の言葉じゃない

 苦しみったってオマエ、糖尿とか結核とか痔とかの苦しみじゃないだろう。いや痔だって、辛いもの食べ過ぎとか自分の放埒な生活による報いの場合があるわけだが、蔵書の苦しみって、好きで買い散らかした結果以外の何ものでもない。ケーキの食い過ぎでデブになるのと同じぐらいみっともないことなのに、コトが本となると、何か文化の香りが漂い、困った困ったと言いながら自慢げというか……と、私はずーっと、蔵書の多さを得々と嘆く人のことを批判してきたのであった。
 岡崎武志といえば書評家だし、またぞろその手の自慢本か、と思ったが、この本はちょっと色合いが違う。蔵書の有名人、蔵書で困ってる人、蔵書の始末の仕方、なぜ蔵書が膨大になってしまうのか、などが書かれている。蔵書のために家を建てた人も登場し、ふだんなら私の怨嗟の的になる人だが、壁いちめんにびっしり収まってる本の写真を見てもうらやましさは芽生えない。たぶん、この家を建てた人も、書いた岡崎さんも、本のことでしみじみ困ってるからだろう。 それにしたって、生きていくにも困るような金銭状況だったら本など買わないわけで、いい気な悩みである。それに世の中には「本は読まない」人はいっぱいいて、蔵書の悩みと言われたって意味もわからないだろう。そこでよくある悲劇が「妻が夫のマンガコレクションをゴミに出した」とかいう話であり、これにもそういう話はちらっと出てくる。こういうのは「実は売ればすごい高値がついて妻は後で地団駄」というオチがつきものだが、私も本が好きでよく買うけれど他人の本は捨ててしまおうといつも思ったりしているので、妻の味方なのである。
 読書家、という言葉が「いい意味」で使われるのは間違いである。断酒道場ならぬ断書道場みたいなものだって出来てしかるべきだ。本が売れないと嘆く声があるが、本なんかなくても別にいいじゃん、となげやりな気持ちになる、ちょっと不思議な本であった。

週刊朝日 2013年10月11日号


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