冷血

ベストセラー解読

2013/01/08 17:55

 街にクリスマスソングが流れるころ、歯科医師の一家4人が皆殺しにされる。犯人はケータイサイトで知り合った若者二人。目的はカネでもなく恨みでもなく、ただなんとなく。残酷ではあるけれども凡庸な事件を、徹底的に緻密に描いたのが高村薫『冷血』である。
 上下二巻、三章からなる。「第一章 事件」は、被害者と犯人、それぞれの視点で、犯行に至るまでのプロセスが描かれる。「第二章 警察」は、事件発生から犯人逮捕までを警察側の視点で描く。刑事・合田雄一郎が登場するのは、この第二章、149ページから。そして下巻は「第三章 個々の生、または死」に丸々充てられる。
 たいていの犯罪小説は犯人が逮捕されるところで終わる。ヤクザの家系に生まれた男と教育ママに育てられてドロップアウトした男が出会い、行きずり的な犯罪に手を染める。男たちの意識の流れは克明に描かれていて、どこにも謎はない(はずだ)。新聞で報じられても「ひどい事件だ」「こいつら死刑だね」で終わる話。
 だが、高村薫の真骨頂はここからである。なぜいい年をした男が二人、あとさきを考えない場当たり的な犯罪をしたのか。なぜ恨みもない歯科医師夫妻を殺しただけでなく、熟睡している幼い子ども二人を撲殺したのか。合田雄一郎の目と耳と頭脳を借りて、読者は徹底的な腑分けに立ち会う。まるでミリ単位でCTスキャンし、人体を輪切りして見るように。
 虞犯(ぐはん)少年がそのまま大人になり愚かな罪を犯す典型例のように見えながら、虞犯少年にも一人ひとりの人生がある。彼らは何を考え、何を感じたのか。殺された少女は数学オリンピックを目指す秀才だったが、少女の生と犯人の生の重みにどのような違いがあるのか。第三章の表題がいうように、生と死について深く考えずにいられない。本書は犯罪小説のかたちをとった哲学書だ。日本語で書かれ2012年に刊行された書物のなかで最高の作品である。

週刊朝日 2013年1月18日号

冷血

高村薫著

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冷血

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