線状降水帯の被害は頂上から(撮影:高井博)
線状降水帯の被害は頂上から(撮影:高井博)

柴田敏雄さんとは違う視点をやらんと絶対にあかん

 切石が山のように、無造作に積み上げられた写真もある。全部、墓地から流れ出したものという。

「墓というのは利用価値がない土地の斜面につくられるんです。そこにドーンと水がきて、根こそぎ押し流された。それをブルドーザーで集めたんだけど、もう、どれが誰の墓なのか、わからなくなってしまっている」

 復興は短期間のうちに急速に進んだという。なんの変哲もない山村の谷には巨大な砂防ダムが数多くつくられた。そのコンクリートの壁を背景に、何やら現代アートのオブジェのようなものがいくつも並んでいる。聞くと、植樹した幼木をネットで覆ったもので、若葉がシカに食べられないようにするためのものという。

「こういう場所の植林は根が下に張る落葉広葉樹に限るんです。ナラとかクヌギ。言うたら、どんぐりの木です。なんでかというと、針葉樹のスギとかヒノキは、根が横にしか張らないから根が土を抑える力が弱いんです」

 重機で泥をすくい取った際に傷ついたコンクリートの壁や、工事現場にほったらかしにされたブルーシートなども作品化され、まるでそこに時が刻まれているようだ。

 崩れた山の斜面は頂上付近までコンクリートの壁で覆われた。その白さ際立つように、雪の日を待ち、撮影した。斜面に張りついた無機質な壁は、黒々とした木々の間をつなげる手術の跡のようにも見え、いかにも痛々しい。画面の下のほうに目を向けると、大きな屋根の民家が静かなたたずまいを見せている。

 砂防ダムや擁壁など、巨大なコンクリートの土木建造物の作品を手に取ると、柴田敏雄さんの名作「日本典型」が思い浮かぶのだが、高井さんもそうだったという。

「柴田さんとは違う視点をやらんと絶対にあかん、と思って。それは大きかったですね」

 コンクリートの建造物はかなりたくさん撮影したものの、結局、そのほとんどを外した。

「この写真では勝負できない、ほかの切り口をなんとか探さないとダメだと、ごっつう苦労したんですよ」

少ない収穫米でも薫田を作る(撮影:高井博)
少ない収穫米でも薫田を作る(撮影:高井博)

10トンダンプが往復した道が自然に帰っていく

 長年、高井さんは西宮市の都会に住み、「すれ違いの日々」「16分間の同僚」など、生活者の視点で身のまわりの出来事を写し、発表してきた。

 引退後は丹波市に住まいを移し、いまは農作業の日々という。

「ここは何にもないところ。でも、何にもないところがいい。ははは」

 谷沿いにつくられた耕作地はやせているものの、それが特産の黒豆の栽培には向いているという。

「コメも粒は小さいんですけど、うまい。町内に造り酒屋が4軒もあるんですよ。くいもんはいいもんが食えますわ」。そう言って、また笑う。「イノシシもおるし」。

 水を抜いたため池にミミズをあさりにくるイノシシの足跡や、大きなソメイヨシノの幹に体をこすりつけ、ノミやダニを落とした跡にもレンズを向けている。そこに人間と自然との日常的なつながりや温かさが感じられる。

 獣が入らないようにゲートが設けられた災害復旧用の砂利道にはかつて10トンダンプトラックが往復していた。その道が次第に草で覆われ、痕跡が消え、自然に帰っていく。

 不幸なことではあるけれど、私たちは自然災害と無縁には暮らすことができない。どこかで自然と折り合いをつけなければならない。作品からはそんなメッセージを感じた。

                   (文・アサヒカメラ米倉昭仁)

【MEMO】高井博写真展「じゃぬけ」
ニコンプラザ東京 ニコンサロンで12月1日~12月14日開催。