撮影・高野裕子
撮影・高野裕子

 本年度カンヌ映画祭(5月16日~27日開催)で役所広司さんが主演男優賞を受賞したニュースは、日本を歓喜させた。同時に国民から愛される名優役所さんの受賞を、当然と感じた人も多いだろう。海外でも彼の演技はこれまでも高く評価されてきたが、一部の映画ファン域にとどまっていた。役所さんを受賞に導いた要因はなにか。カンヌで本人や監督らを取材した。

【写真】この表情!役所広司さんと監督の信頼関係がみてとれるツーショット

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「ほろ苦くもあり風変りな禅的なキャラクター」

 今回の役所さんの演技を、英国ガーディアン紙は高く評価した。特に幸福と悲しみが交互に混じりあう彼の顔の表情を長いクローズアップで追うシーンは圧巻だとした。

 カンヌで、役所さんが最優秀男優賞に輝いたのは、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督の作品『PERFECT DAYS』(原題)の演技だ。東京・渋谷のトイレ清掃員の日々を描いた作品で、役所さんは主人公の「平山」を演じている。

 役所さんのカンヌ映画祭における銀幕デビューは、1997年に最高賞であるパルム・ドールを受賞した『うなぎ』(今村昌平監督)。その後同映画祭では、『EUREKA』(2000年、青山真治監督)や『回路』(2001年、黒沢清監督)、『トウキョウソナタ』(2008年、同)、メキシコの巨匠アルハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督『バベル』(2006年)などの出演作が上映され、徐々に名優として存在感を示していった。

 ただ、名優と評される俳優の中でも世界3大映画祭で名誉を受けるのは、ほんの一握り。今回、日本人の俳優が最優秀男優賞を受賞するのは19年ぶり2人目だった。

 要因として考えられるのは、まず、ヴィム・ヴェンダース監督との共作が実現した点だろう。映画監督として知られるばかりでなく、写真、オペラ、舞踏などボーダレスに創作活動を続ける。その彼に、本作の発案者が、「自由に作品を制作できる」環境を彼に提供した。

 本作は上映時間2時間程度の長編映画。驚くことに、監督は本作をわずか3週間で撮影した。3D長編作『ANSELM』を編集中で、スケジュールの問題が大きかったのだろう。役所さんは撮影を次のように振り返った。

「監督のいつものスタイルではないと思いますが、テストはなくてすべてが本番なんです。監督は、東京にはたくさんのノイズがあるので、まず音は待たない、ずっとカメラを通しで回し続けると。テストもしないで一気に撮るとおっしゃったのです。その点ちょっとドキュメンタリーを撮るような初めての経験ですし、撮影しているというより、そこで生活しているというような気持ちにさせてくれたのです。スタッフも大変だったと思います。でも何か現場でよどみなく流れていく撮影を経験でき、俳優として初めてで貴重な体験でした」

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