JR巣鴨駅(東京都豊島区)から「とげぬき地蔵尊」で知られる巣鴨地蔵通り商店街を歩いて13分ほど。商店街の脇道を入った住宅街に、ミャンマー人の駆け込み寺ができた。国軍の弾圧が続くミャンマーを脱出し、命からがら日本にたどり着いた同胞達にとって安心できる場所だ。

【写真】巣鴨にあるミャンマー人の駆け込み寺で経を唱える人たち

「Mrauk Oo Dhamma Center」という。

 運営者のひとりMさん(51)は、施設をつくった意図をこう説明する。

「いまのミャンマーの情勢を考えると、今後、さまざまな方法で日本に逃げてくるミャンマー人が増えてくる。彼らに私たちのような苦労はさせたくない。つらい環境に置かれている技能研修生もいます。そのための駆け込み寺です」 

 物件探しは難航した。寺である以上、そこそこの規模が必要だが、東京都内は高い。しかし皆が集まりやすい場所……。1年近く探して、ようやく巣鴨の物件に出合ったという。

この部屋に仏堂が安置される予定。いまミャンマーから日本に向かう船のなかとか
この部屋に仏堂が安置される予定。いまミャンマーから日本に向かう船のなかとか

 中国人向けの3階建てビル型アパートだが、コロナ禍で在留中国人が減り、オーナーはビルそのものを売却しようとしていた。各階は3~4部屋があり、共同の台所や浴室があるという物件だった。なんとか手が届きそうな価格だったという。

 ミャンマー人の大多数は、日本では小乗仏教とも呼ばれる上座部仏教を信仰する仏教徒だ。寺は心の安定を保つためには重要な存在だ。施設内を改装し、日本滞在の手続き期間や仕事探しの数日間を滞在できる部屋もつくった。

 ミャンマーは長く軍事政権が続いたが2011年に民政化した。しかし2021年2月に国軍によるクーデターが起き、再び軍事政権に戻ってしまった。約10年続いた自由な時代は一変した。

 しかし今回のクーデターに対する国民の反発は強く、それに対抗する国軍の弾圧は常道を踏み外している。現地の人権団体の発表では、犠牲者は2千人を超えた。国軍によって拘束された市民の遺体が数週間後に発見されることは珍しいことではなく、犠牲者ははるかに多いと人々は考えている。

 クーデターで若者たちがそれまで描いていた夢はこと切れてしまった。国軍に対抗する国民防衛軍(PDF)に入って銃を手にするか、国外脱出の道を模索するか。いまはシステムの更新という理由で停止しているが、それまではヤンゴンのパスポートセンターには若者の長い列ができていた。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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半年間、入管の収容所にいた