■孫まで苦しみますよ

 途中、先生は席を立った。隣の販売員も中座することがあった。先生は10分ほどで戻って来た。「今拝んできましたが、あなたの別れた亡夫の霊が出て『悪かった。愛していたのだが。許してくれ』と言っています」などと供養を迫った。夕方までには帰れるだろうと思って出て来たが、夜に入った。集会所の留守が心配になってくるが、「何か悪いことをして警察で調べられているような、そんな感じ」にさせられ、電話をかけたいと言い出すきっかけすらつかめない。

 子や孫の話も出された。婚家を追われた後すぐ、後妻が入ったが、長男と会いたい一心で校門で待ったこともある。成長した長男にできた孫娘に「よそのおばさん」として会う辛い時期も長かった半生だ。

「先生」は言い放った。「あなたのお孫さんまで、あなたと同じような苦しみを持ってこの世を生きていかねばならなくなりますよ」。C子さんは、100万円の壺を買った。

 3カ月後、今度は五反田の展示場に呼び出され、別の「先生」に高麗人参濃縮液を勧められた。C子さんは結核で肋骨が5本ない。「どのくらい飲んだら」と聞くと「80本」との答え。1本が8万円だから、大金だ。「とても」と言うと「半分でどうか」とセリのように本数を下げた。結局25本を買うことになった。午後2時ごろに家を出て、今度も帰宅したのは夜9時ごろになっていた。

「私は豊田商事から金500グラムを139万円で買わされたことがある。でも豊田商事の人は『買っとくとトクですよ』って言うだけで、あんなに強引な感じはしなかった。金もとにかく残ったしね」。とうてい飲みきれない人参液と、無用の壺をもてあました末、最近、「ねらわれる消費者」特集を組んだ区報を見て、区の生活センターを初めて訪れた。

 C子さんの買い物は印鑑を別にして、壺と人参液で計300万円。他の人のケースに比べれば多額とはいえない。しかし、住み込み管理人としてC子さんが毎月受け取る給与は、6万円だ。

※朝日ジャーナル1986年12月5日号から