カウンターはなく、8席ほどの大机に知らぬ同士が寄り合って座る。その奥の座敷も、2階の窓際も小机を適当に置いた小上がりも開店即満員。勘定は残った皿を数えてしゃっと算盤(そろばん)を入れたちまち終わる。毎朝8時から総出で仕込む肴小鉢は200円、300円ながら肴としての完成度はきわめて高い。

 余談だが、私は日本を訪れた要人に日本の健全な庶民の楽しみを見せるため、お忍びでここに案内すると良いと思う。そこで自分で料理を取りにゆかせる。酒の注文も。逆に日本の要人がドイツのビアホールやイギリスのパブに案内されれば、その国に親しみがわくと思う。居酒屋や酒場ほどその国の庶民が裸になっている所はなく、そういう意味で間違いなく国の文化なのだ。高級寿司やレストランは料理文化ではあるが生活文化ではない。

 創業明治40年。がっしりした店内の貫録。毎日来る客も、新幹線を気にしながらの客も、男も女もここで飲めるよろこびに顔が輝いている。私も名古屋に行ってここに入らないことはなく、名古屋に来る用事がこれになった。

【太田和彦さんオススメの愛知県の名店】

●名古屋 大甚本店(だいじんほんてん)
 味は昔にくらべて薄くなったと言うが、それでも名古屋らしい濃いめだ。一合八勺(しやく)入る古風な印判の名入り大徳利はすばらしい風格。つるの太い目がねと胸の栓抜きがトレードマークのご主人、不動のお燗番の奥さんはともに若々しく、息子さん2人も板前をつとめ店は盤石だ。すぐ隣りは「御園座」で芝居関係の客も多いようだ。