居酒屋をめぐって47都道府県を踏破した太田和彦氏が、居酒屋を通して県民性やその土地の魅力にせまった『居酒屋と県民性』(朝日文庫)から、北海道の居酒屋と県民性について、一部抜粋・再編してお届けする。太田さん推薦の居酒屋も必見だ。
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【北海道】ビールと炉端焼
明治から本格的な開拓の始まった北海道は、農業の歴史が浅く、米が恒常的に収穫できるには年月がかかった。そのため日本酒生産が始まったのも遅い。しかし近年は安定した米生産地になり、地元米を使った吟醸酒なども作られるようになった。
一方、明治9(1876)年、官営の開拓使麦酒醸造所として始まったビール製造は、薩摩(さつま)藩英国留学生としてロンドン大学に学んだ村橋久成の指揮により、農産物加工の近代産業として発展。日本のビールの歴史は北海道にあり、居酒屋はビールの扱いに慣れ、どこで飲んでも確実に内地(ないち)よりうまい。
江戸時代まで本格的な開拓はされなかった北海道は、原野を農業に切り開く苦難はあったものの、内地のしがらみを嫌った意欲ある開拓者によりフロンティアの合理精神が進取独立の気風を育てた。日本一広い土地ながら、居酒屋はどこに行っても自由の風が吹き、来道者を偏見なく迎えるウェルカムな姿勢は、しばし西欧の酒場やパブで飲んでいるような気分がある。
居酒屋の基本形は「炉端焼」で、特に釧路はほとんどがこの形態だ。畳一畳もある大きな囲炉裏(いろり)に特製の大網をのせ、真っ赤に熾(おこ)った炭火で、魚介(ホッケ、タラ、シシャモ、コマイ、イカ、カニ、牡蠣き、北寄貝)も、野菜(アスパラ、じゃがいも、山菜)も、肉(ラム、鹿、豚)もなんでも焼いて食べる。自分の注文したものが目の前で次第に焼けてくるのを、一杯やって待つのはよいものだ。釧路の老舗店「炉ばた」の囲炉裏前に40年以上も座る大学みつさんに焼き方のコツを聞くと「ひっくり反(かえ)すのは一回だけ、その見極め」と答えていた。