廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)
廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

――日本も含め、西側のメディアでは「ロシア悪、ウクライナ善」という勧善懲悪の構図として報道され、そういった視座でしか見られなくなっている面もあります。一方で、「キューバ危機を思い出せ」と論じたジョン・ミアシャイマー、アメリカやNATOの非を指摘したノーム・チョムスキーやエマニュエル・トッドなど、少数ですが異なる意見を論じる西側の識者もいます。今回の侵攻、そして世界情勢に関して、私たちはどのような視座を持つべきだと考えますか?

 私たちから見たら合理性も大義もないように見える今回の侵攻ですが、とはいえ、少なくともロシアが一体何を考え侵攻に至ったのかについては、ある程度理解していないと、対抗策を考えたところで机上の空論で終わってしまいます。そして、理解した上で対話する、話を聞く必要があったのでは、と。実は、昨年12月にロシアはいわゆるレッドラインを示す形で、米とNATOに安全保障に関する提案書を示し、欧米は到底受け入れることはできないものの話は聞こうと、今年1月にはかなりハイレベルの欧米・ロシア間の会合が精力的に行われました。自分たちの気持ちを聞いてもらうだけでもロシアの怒りはかなりガス抜きされるのではと期待したのですが、結局はそれでは気が済まなかったのでしょう。歴史に「if」はありませんが、もしもっと早い段階から対話を重ねロシアの気持ちを理解し、お互いに譲歩できる線を探ることができていたら、今回の侵攻を防ぐことはできたのかもしれません。

 ロシアの思惑や、ましてやプーチン大統領の怒りに寄り添うことはできなくても、今回の戦争がなぜ起きたのか、なぜ止められなかったかを考える。サイバー戦争が当たり前となり、真偽のわからない情報が溢れている今、ネットリテラシーを含め、情報を見極め考える必要があるでしょう。そして私たち研究者は、起きてしまった事象を分析し、「なぜ」を紐解くことで世界平和に貢献しなければならないし、そういう研究に取り組んでいきたい。そう心を新たにしています。

(取材・文/中津海麻子、取材・構成/内山美加子)

廣瀬陽子(ひろせ・ようこ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。博士(政策・メディア)。1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了・同博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、東京外国語大学大学院地域文化研究科准教授、静岡県立大学国際関係学部准教授などを経て16年より現職。著書に『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(講談社現代新書)、『ロシアと中国 反米の戦略』 (ちくま新書) など