
とはいえ、これまでやってきた研究が無駄になるとは思っていません。どこまで私が想定していたロシアの行動原理が生きて、どこからプーチン大統領の個人的な感情が先走ったのか。これまでの研究に欠けていて、かつ今回の侵攻理由のキモになっているのが、まさにプーチン大統領の個性や尊厳、思い。それがどのように培われてきて、どういう刺激や感情が彼を侵攻に仕向けたのか、そのプロセスを解き明かすしかないのかな、という気はしています。
そしてもう一つ重要なのは、プーチン大統領を大統領たらしめているロシア人の性格です。ロシア人の多く、少なくとも半数くらいの人は、今回の侵攻でもまだプーチン大統領を支持しています。そして、プーチン大統領を選び、高い支持率で支えてきたのはロシア人に他なりません。もちろん、選挙の不正などがあったことは認識していますが、それでもプーチン大統領の支持率は常に半数以上はあったと言えるわけです。少なくとも半分くらいのロシア人がプーチン大統領を選び、その政策を支持しているということの意味は大きいと思います。
そもそもロシア人は、強いリーダーを求めてきました。他方で、冷戦期に米国と二大大国として世界を代表してきたソ連を解体したゴルバチョフをロシア人は「墓掘り人」と呼び、蔑んできました。そしてソ連に対してノスタルジーを感じる人はやはり半数を下回った事がなく、特に経済状況が悪化するとソ連ノスタルジーが強く感じられるようになるようです。つまりロシア人は強いロシアの復活を望み、それを叶えてくれる強い指導者を希求してきたと言って良いでしょう。
このことは、仮に、問題がプーチン大統領の排除で収束しないことを暗示しているのではないでしょうか。プーチン大統領が失脚したり、死去したりした場合も、多くの国民は米国に負けたと考える可能性が高いです。プーチン大統領のような強い大統領ですら米国に負けてしまったのだから、もっと強い大統領を選ばなければならないということで、第2、第3のプーチンが生まれる可能性もあるのです。プーチン大統領個人のアイデンティティにとどまらず、ロシア人のアイデンティティを分析する作業も必要となってくる気がします。