ああ、なんて想像力がなかったのだろう。「被害などない」と思い込んでいた90年代の自分を振り返る。「誰にもAV被害は見えていなかった」と書いたが、それは事実ではない。あの時も、「AVには被害者がいる」「性産業で働く女性たちには支援が必要だ」と声をあげていた女性たちはいたからだ。そしてそういう女性たちを、「AVも見たことない、現実を知らない、性に道徳的なオバサン」とバカにするような空気があったのだ。「そういう女性たちこそが、フェミニズムの敵だ」みたいな扇動をする声もあったのだ。結局私は「どちらの声」も真剣に聞かず、女性のプレジャーを楽しもう! と、「モノ」を売る仕事を始めたわけだけれど、20年以上経って、過去の自分の無関心さに苦しめられるような思いになっている。あの時、声をあげていた女性たちの真剣に、私もようやく近づけるようになった。

「性産業に巻き込まれる女性には支援が必要だ」と声をあげる女性たちの多くは、被害の声を聴いてきたソーシャルワーカーだった。激しい搾取の末、生きることに疲れきった若い女性たちを見てきた女性たちだった。そういう「当事者の声」を聞いてきた女性たちの声を、なぜこの社会は軽視してしまうのだろう。声をあげられない当事者の声を、どうしたら聞けるのか、なぜもっと真剣に考えられなかったのだろう。なぜ、何十年もずっと、同じ所に私たちは立っているのだろう。

 AV新法をめぐり、様々な議論がわきあがっている。どんな現実を見ているかによって、この法案をどう受け取るかはまるで変わってくるだろう。そんな時にこそ、想像力を働かせるべきだと思う。「わからない」と思考停止するのではなくて、痛みの声を必死に訴える人たちの声を聴いていけば、正解が見つかるのではないか。そんなふうに考え、最も声にならない声を聴く力を信じたいと思う。

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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