宇髄と煉獄に「アザ」が出なかった理由は、たった1つしかない。この時点では「最初のアザの者」がいなかったからだ。最初に「アザ」を出すことが運命づけられていた人物とは、炭治郎のことを意味する。「ヒノカミ神楽」の継承者である彼の変化こそが、人間たちの「運命の転換」に必要だったのだ。

 煉獄や宇髄が弱いから「アザ」が浮かばなかったわけではない。「アザ」発動の前提が満たされていなかっただけだ。宇髄と煉獄、この2人の「柱」が、自らの命をかえりみず炭治郎を守ったことによって、無惨撃破の糸口である「アザ」の条件が整ったのだと考えられる。

 遊郭編を生き残り、額の「アザ」が本物になった炭治郎は、この後に刀鍛冶編をへて、最終決戦へと突入していく。強い「柱」たちがつないだ少年の命が、戦線打開の鍵になる。

 宇髄天元は弱くない。彼は体中に毒が回っても、左目を失い、腕を切り落とされても最後まで戦い、後輩剣士たちを守りきった。炭治郎たちが「生き残った」という事実こそが、宇髄の“強さ”の証なのではないだろうか。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が好評発売中。

著者プロフィールを見る
植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

植朗子の記事一覧はこちら