朝日新聞社(c)
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 コロナ禍で国民に寄り添い、「祝う」を「記念」に変えたことで注目された天皇陛下の東京五輪の開会宣言。実は、気づく人はほとんどいなかったが、陛下はJOCの誤訳を、人目につかぬよう訂正していたのだ。平成の天皇陛下の侍従として、記者会見の英訳を担当していた多賀敏行元チュニジア大使が、令和の天皇が見せた「元首の器」を語る。

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 東京五輪の開会式のあと、天皇陛下の宣言とJOCが五輪憲章で公表する和訳を見比べていた元チュニジア大使の多賀敏行・大阪学院大学教授は、あることに気づいた。

「7月23日に天皇陛下が述べた開会式の宣言は、JOCの誤訳を、さり気なく訂正なさっている」

 そもそも開会宣言は、仏語と英語でかかれた五輪憲章の原文に明記されている。日本オリンピック委員会(JOC)によって和訳された宣言文を、開催国の元首が読み上げることになっている。東京五輪の開会式では、次のとおり宣言文を読み上げた。

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」

 コロナ禍に配慮した天皇陛下が、規定文の「祝う」を「記念」に変えたことだけが注目された。実は、天皇陛下は、重要な「誤訳」を訂正していたのだ。

 JOCが公表する「五輪憲章2020年版・英和対訳」を見てみよう。

「わたしは、第(オリンピアードの番号) 回近代オリンピアードを祝い、(開催地名)オリンピック競技大会の開会を宣言します」

 何が違うのか。多賀教授の解説によると、天皇陛下の実際の宣言では、天皇である「私」の行為は、「宣言する」のみだ。一方、JOCの和訳では、「私」は、「祝う」ことと「宣言する」という二つの行為をしていることになる。ちなみに、「オリンピアード」とはオリンピックが始まるべき年から4年間の期間を意味する。宣言に登場する第32回は、2020年から23年までの4年間のことだ。

「コロナ禍に配慮して、『記念する』という言葉を使われたことに注目が集まりました。しかし、もうひとつ重要なことは、文の構造を取り違えた重大な誤訳について、騒ぎにならないよう、さり気なく訂正されているという点です」

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五輪憲章の仏語版、英語版と比較して検証すると