コミックス15巻で、カナヲがしのぶにモジモジしながら「私もっと師範と稽古したいです」と告げる場面がある。しのぶは心の底からうれしそうに笑った。自分の「妹」たちや隊士たちの、その後の「生」をずっと気にかけていた胡蝶しのぶの優しさは、真実だった。

■胡蝶しのぶの願い

<まだ破壊されていない誰かの幸福を 強くなって守りたいと思った そう約束した>(胡蝶しのぶ/17巻・第143話「怒り」)

 胡蝶しのぶは、姉との約束を確かに果たした。しのぶの怒りは、鬼への単純な怒りではない。幸せな毎日が破壊されることへの怒り。理不尽に失われることへの怒り。彼女は誰かのために怒る。鬼に向けたあの笑顔すらも、それは「しのぶらしい」といえよう。

 しのぶは、ただ、ただ、誰かの幸せを守りたかった。そして、自分自身の幸せな「未来」を願うことはないままに、鬼殺隊柱として、その短い生涯を終えたのだった。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

著者プロフィールを見る
植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

植朗子の記事一覧はこちら