そんななか、彼女のキャラとかなり重なっているのではと思われる傑作が誕生する。デビュー3年目の11月にリリースされた「飾りじゃないのよ涙は」だ。

 作詞作曲は、井上陽水。まずはその詞について、秋元康が当時こんな指摘をしていた。ちょっと長くなるが、引用してみる。

「僕が中森明菜を分析すると、泣かない子、強い女、って気がするから、じゃあ、詞を書くとなったら『私は泣いています』って感じかな、でもそれじゃ、ちょっと弱いからってんで『私は泣いたことがない』ってコンセプトを考えたわけ。で、僕ならサビに持ってくるだろうなって。そしたら、陽水さんは♪私は泣いたことがない♪ってあのリズムでいきなり始めた。はあ、やられたなって思ってね、てっきり阿久悠さんだろうと思ってたら違って、ああ、井上陽水さんはさすがにスゴイと、最近の詞のなかでも一番スゴイなって。(略)あれがさあ『十戒』だったらわかるわけ。(略)売野さん、やってますねえ、みたいな感じなんだけどね。♪私は泣いたことがない♪って来られると『圭子の夢は夜ひらく』じゃないけど、あれに通じるドラマを感じちゃうよね」(「よい子の歌謡曲」22号)

 ちなみに「圭子の夢は夜ひらく」は藤圭子自身の薄幸な生い立ちや雰囲気と見事にシンクロして、オリコン10週連続1位という大ヒットを達成した。「飾りじゃないのよ涙は」もまた、明菜のなかにある鬱積した何かと共鳴した作品に思われる。ここでは、私は本物の恋をしたい、そして本物の歓喜の涙を流したいという渇望が歌われ、いわば愛と孤独がテーマだ。それは彼女にとっても、切実なテーマだっただろう。

 出世作の「少女A」もドラマチックな作品だったが、明菜は自分自身のことだと思われることを激しく嫌がった。本人的には間違って伝わったイメージでもあり、こちらはそこを修正できた作品でもあるのではないか。

 ではなぜ、陽水はこういう詞を書けたのか。彼はもともと、デビュー当時から明菜を気に入っていて、翌年の1月には「ミュージックフェア」(フジテレビ系)で初共演。「銀座カンカン娘」(高峰秀子)をデュエットした。終戦から4年後にヒットしたノリのいいナンバーだ。

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真実の愛を希求した明菜