フェアでは共通デザインの帯も巻かれている(写真撮影店:芳林堂書店高田馬場店)/フェアの詳細はこちら→ https://www1.e-hon.ne.jp/content/cam/2021/hongasuki_shotenlist.html
フェアでは共通デザインの帯も巻かれている(写真撮影店:芳林堂書店高田馬場店)/フェアの詳細はこちら→ https://www1.e-hon.ne.jp/content/cam/2021/hongasuki_shotenlist.html

 コロナ禍の今だからこそ、いい本を発掘して読者に届けたい! そんな書店と取次と出版社の思いをつなげる『#やっぱり本が好き』フェアが、3月16日(火)から順次、全国書店約500店で始まっている。今回のフェアでは、新刊ではなく、既刊の文庫から、不朽の傑作、隠れた名作……などなど、よりすぐりの小説を見つけてもらうことが大切。<本の問屋と書店が選ぶ、心の一冊を集めたフェア>をコンセプトに、取次トーハンが選んだ12作と、書店が選んだ作品の約14作が展開される。数が多すぎて選べない、どうやって選んだら良いのだろう、と悩む方のために、書評家の大矢博子氏が特にオススメの3冊を紹介。どの本をどう楽しむかはあなた次第。あなただけの「やっぱり本が好き」と思える1冊と出会ってほしい。

*  *  *

 楽しい読書がしたい。気持ちの良い物語が読みたい。でもただ軽いだけじゃなくて、テーマがちゃんと心に残るような、読み終わったときに気持ちが豊かになるような話がいい。

 そんな贅沢な希望を叶えてくれるのが、伊坂幸太郎『ガソリン生活』だ。なんと語り手が自動車なのである。望月家所有の緑のデミオ、通称緑(みど)デミ。善良な長男、小生意気で賢い次男、何かに悩む長女、誰かに追われているらしい女性の顛末などなどが、緑デミの目を通して語られる。

 飄々として、ちょっと浮世離れした小気味いい会話が伊坂幸太郎の持ち味だけれど、語り手が車というだけでその魅力がさらに膨れ上がる。呆れたときには「開いたボンネットが塞がらない」気持ちになったり、事故で廃車の危機が迫ったときにはそれまでの人生(車生?)が走馬灯のようにフロントガラスに映し出されたりするんだぞ。

 隣家の落ち着いたカローラGT、フランス生まれが自慢のシトロエン、プライドの高いタクシー。車輪が多い方が尊敬されるらしく、列車は車たちの憧れの的。一方、二輪車とはなかなか言葉が通じなかったり。何だそれは。もう楽しいのは100%保証つきではないか。車たちのみならず望月家の面々もみんなキュートだし。

 だが楽しいだけではない。本書で望月家は複数の事件や厄介ごとに巻き込まれる。どれも根底にあるのは反吐の出るような悪意だ。他人を支配しコントロールしたいという歪んだ欲求。他人を傷つけることに快感を抱く加虐趣味。他者の不幸が嬉しくてたまらない下衆根性。こういうひと、いる。こういう事件、ある。そんな大小の事件が望月家を襲う。

次のページ