けれどどの事件も、緑デミのユーモラスな視点を通すことで厳しさが緩和される。さらに次男の知恵と機転を中心に「真っ当な人たち」が事件を鮮やかに切り抜け、痛快に逆転してみせるのだ。その気持ちいいことと言ったら! 真っ当であること、自分の中の正義に従うことの強さが物語から立ち昇る。さらに伊坂幸太郎お得意の伏線回収テクが炸裂し、すべてが最高の場所へ落ち着くラストはこの上なく爽快。どうですか冒頭の要望が全部網羅されてるでしょ?

 読み終わったときに気持ちが豊かになる物語といえば、近藤史恵『スーツケースの半分は』もいい。一台の青いスーツケースがさまざまな持ち主の手を経て、世界各国へ旅をするという連作短編集だ。初めての一人旅を決意するまでの物語あり、秘密のリフレッシュ旅行あり、旅の味わい方が違う恋人とのケンカあり、仕事あり留学あり。楽しい旅ばかりではないが、登場人物が皆、旅を通して一歩前に踏み出す様子が描かれるので、読後感はとても清々しい。コロナ禍で旅に出ることが難しい今、主人公と一緒に旅行している気分になれるこの物語はお薦めだ。

 最後によしもとばなな『デッドエンドの思い出』を。五篇のラブストーリーが収められた短編集だ。老舗洋食屋の娘と人気ロールケーキ店の息子の、静かで柔らかい恋を描いた「幽霊の家」。毒物混入事件の被害者になった主人公の心情と、彼女に寄り添う婚約者を綴った「『おかあさーん!』」、婚約者から手酷い裏切りを受けた主人公が、数奇な少年時代を過ごしてきた男性と出会う表題作など。恋愛の顛末よりも、誰かを大切に思う気持ちの描写が素晴らしい。透明な結晶がゆっくりと心の中に降り積もっていくような、柔らかな布で心が磨かれるような物語たちが、至福の時間を与えてくれる。なお、「幽霊の家」はけっこうな飯テロ案件なので、空腹時に読むと危ないぞ!(文/書評家・大矢博子)