鈴木さんはこう訴える。

「周囲の方々へのお願いとして、当事者について、病前の知識や経験、思考力、パーソナリティーの核となる部分がどの程度残っているかを見極めたうえで、最大限の環境調整をしていただきたいのです。もし僕が『本を書ける』方ではなく、『菓子袋が作れない』方だけで残存能力を判断されたとしたら、とても悲しい。落ち着いてゆっくりやればできるのに、簡単な作業しかやらせてもらえないという当事者たちの悲鳴をたくさん聞いています。簡単なことしかできない人間と決めつけられるのは、残酷なことです」

 この記事を読むと、講演では鈴木さんがすらすらと話しているように思われるかもしれないが、この日は実は耳栓をしていて、脳に入ってくる情報量を減らす工夫をして臨んでいた。途中、部屋に太陽の光が入った時は少し慌てた様子で、「混乱しました」と話した。健康な人にとってはただの太陽光だったとしても、当事者の脳は全力で何が起きたのか理解しようと働くのだろう。疲労で言葉が出づらくなった場面もあった。

 当事者、特に就労世代の当事者たちはこうした症状と向き合いながら、生きていくために働かないといけないのだ。

 鈴木さんは講演の最後をこう締めくくった。

「当事者が願うのは、機能回復ではなく、日常の生活で困らなくなることです。頑張っても病前の自分には戻れないし、戻ろうとすると、とても辛くなります。生活で困らないためになによりも必要なことは、周りの方のご理解とご協力です。高次脳機能障害は、一人では生きていけない障害なのです」 

「見えない」障害だからこそ、健康な人たちが「見ようと」しなければ何も変わらない。この障害に苦しむ30万人以上の当事者やその家族は、少しでも現実を知ってほしいと願っているはずだ。(文=AERAdot.編集部・國府田英之) 
                
※トークセッションは江戸川区とNPO法人・東京ソテリア地域活動支援センターはるえ野が主催した。

◎鈴木大介(すずき・だいすけ)
1973年千葉県生まれのルポライター。2015年に脳梗塞を発症して高次脳機能障害の当事者に。病前の代表作は『最貧困女子』(幻冬舎)、病後は「脳が壊れた」「脳は回復する」(新潮新書)などを始め、「されど愛しきお妻様」(講談社・現在同社ビーラブ誌にて漫画化連載中)など当事者発信を続け、「脳コワさん支援ガイド」(医学書院)にて2020年日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。2021年より高次脳機能障害当事者の就労困難にまつわる研究事業『チーム脳コワさん』を始動する。ツイッターアカウント・@Dyskens

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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