このように、自然界で起こっている現象と身の回りで起こっていることは密接に関係しています。そこには共通した化学が存在していますが、普段、生活していますと、そのことに気がつきません。

水垢を溶かすには 台所のあの調味料

 前述のように、水垢の成分は炭酸カルシウム・CaCO3を主成分とするカルシウム塩やマグネシウム塩です。これらはアルカリ物質です。したがって水垢を溶かすには酸性物質を使います。よく知られた中和反応です。

 工場などでは、水が通っている細い蛇管の内部に溜まった水垢を掃除するのに、古くからリン酸のような酸性物質が使われてきました(塩酸や硫酸は強い酸、管を腐食させるので使われない)。蛇管は細く管を巻いていますので、物理的に中を掃除するのは難しいです。

これと同じで、やかんや電気式ポットの内部にたまった水垢を溶かすには、家庭では台所にある酸性物質のお酢(酢酸、CH3COOH)を使います。市販されているクエン酸を使えばもっと効果的です。理由は、クエン酸の方がより強い酸だからです。これはれっきとした化学反応です。

 地球環境問題で話題になる酸性雨(硫黄酸化物や窒素酸化物からできる、うすい硫酸や硝酸)は、顔がはっきりしないほどに石仏を溶かすことはよく知られたことです。これは水垢を、酸性物質を用いて溶かすことと同じ反応です。

■ 水垢を溶かして食中毒?気になるニュース

 脱線しますが、ここで水垢に関する気になる事故を紹介しましょう。本年7月6日、大分県臼杵市の高齢者施設で、湯冷ましの水が入っているやかんにスポーツドリンクの粉を溶かして作った清涼飲料水を飲んだ入所者13人に、吐き気や嘔吐の食中毒症状が出たとのニュースが流れました。

 大分県食品・生活衛生課によれば、この原因は、やかんの内部に付着していた水垢に、水道水に含まれる微量の銅が長期間にわたって蓄積し、その銅が酸性のスポーツ飲料と反応して溶け出した銅中毒だということです。これは、極めてまれな食中毒で、水垢が溶けだし、それをスポーツドリンクと一緒に飲んでしまった偶然が重なった事故ですが、少しでも化学の知識があれば防げた可能性があります。

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<プロフィール>
和田眞(わだ・まこと)/1946年生まれ。徳島大学名誉教授。理学博士(東京工業大学)。徳島大学大学院教授や同大学理事・副学長(教育担当)を務めた。専門は有機化学。現在、雑誌やWebメディアに「身の回りの化学」を題材に執筆している