境目や壁を感じさせない

 建築の外と内の境目をなくすこと。丘の上に立地する大阪芸術大学の校舎も、そのコンセプトでつくられている。建物自体も丘のような流線形のフォルムをもち、あらゆる方向から出入りができる開放感のあるつくり。校舎の内側からも周囲の樹々を見渡すことができる。

 映画ではこの校舎の細部や、どういう大学に建てられたのかといった説明は大きく省かれている。起承転結のあるストーリーが展開されるわけでもない。映し出されるのは、ホンマさん自身が問いかけるインタビューに妹島さんが応える映像と、定点カメラによる工事現場の映像で、二つの映像が独特のリズムで混ざりながら構成される。

「定点撮影は写真と映像の間だなという感覚があって、撮るようにしています。工事中の定点撮影だけでも作品になると思うし、この映画でも定点を何秒見せるか、というのはかなり考えました」

 インタビューの映像では、事務所で模型と向き合う妹島さんも映し出される。人がその空間でどう過ごし、何を感じるか――。ひたすら模型を使って思考を巡らしては、ヘルメットをかぶって現場へ足を運ぶ。そして、事務所に戻ってまた模型を修正する。パソコンの画面ではなく、手を使ってつくられた模型を前に思考する姿と時間を、ホンマさんのレンズが丁寧にとらえている。

「大きな建物を建てるときに、妹島さんの思考がどういうふうに変化していくのかということは、最初から興味がありました。日本の建築家は海外の人に比べて、模型を多くつくるみたいなんですけど、僕の中の副題は『建築模型論』なんです」

 印象的なのは、インタビュー中、周囲が騒がしかったのか「ちょっと静かにしてて!」と、妹島さんが事務所のスタッフに呼びかけるシーンがそのまま映像に収められていること。実に自然な日常の一瞬で、なんともチャーミング。彼女自身もまた、内と外の境目を感じさせないニュートラルな人柄なのだ。

「普通は自分をもっとアピールすると思うんですが、妹島さんは撮影していてもそういうことをあまりしない。昔からそうなんです。そのうえ、一般的なドキュメンタリー映画と違って、僕は、妹島さんにゆかりのある人など関係者のインタビューもあえてしていません。説明的な要素はあまり入れず、シンプルに、いいものだけをいい状態で見てもらいたい。たとえていうなら、幕の内弁当じゃなくてトンカツ専門店みたいに(笑)」

 国際的に活躍する建築家だけに、海外の人も意識し、映画には英語の字幕もつけられている。

「映画として上映するだけでなく、そこからもう少し広げて考えてもいいのかなと思っています。たとえば、妹島さんが展覧会を行うときに再編集してモニターに流したり、あるいは別の建築とシリーズにしていくこともできるんじゃないかなと思います」

 映画という枠組みにとらわれず、やわらかく変形していけるアート作品なのだ。

 ホンマさん自身、写真を撮るときと映像を撮るとき、その差を特に意識せず、むしろ同じ意識で撮るようにしているという。写真と映像、映像と映画も垣根がなく、映し出される建築も、妹島さん自身も、外と内の境目や壁を感じさせないから、この映画はどこか新しく、不思議な感覚がするのかもしれない。ひとくくりに「フラット」や「ボーダレス」という言葉で表現するのは簡単だが、実践するのはどれひとつ容易ではない。人や自然、社会に対する温かで鋭い眼差しと、揺るぎない意思がなければ、境目をなくすことはできないのだから。
                      (文・カスタム出版部)