一方、福井の実家では俺がたまに帰ってくるもんだから、親父が張り切って3つくらいつなげたテーブルの上に料理をズラーっと並べてくれててさ。「親父、こんなになくてもいいよ」って言っても、「いいから、いいから!」ってね。俺がアユ好きで、郷土の味を女房や娘に食べさせてやりたいと思って、アユを50匹も用意してくれたりね。こっちは3人家族だっていうのに(笑)。何年かしてから、俺の弟に愚痴られたよ。「兄貴たちが帰った後に残ったものを食わされて、俺たちはいい迷惑だ」って。

 俺の地元は福井県勝山市で海から遠いから、夏は海じゃなくてもっぱら川遊び。九頭竜川があって、そこでアユがよく釣れるから子どもの頃からの好物だ。塩焼きや田楽にしたりしてね。もっとも、俺は下手なのか性に合わないのか、アユを釣ったことはほとんどない。じっと待っていることができないんだ(笑)。

 俺が子どもの頃っていうのはいい時代だったよ。学校から家に帰ると、飯に梅干しのっけて冷めたお茶をかけたのを食って小腹を満たしたら、神社でソフトボールをしたりしてね。うちは3人兄弟だったけど、5人兄弟なんてのもザラで子どもが多いから10人くらいはすぐに集まったもんだよ。そうして遊んでいる間に腹が減ったら、近所の畑の端っこのキュウリなんかをね、ちょっと、アレしてね(笑)。見つかったら「コノヤロー!」なんて怒られるんだけど、誰がどこの家の子かってみんな知っていたし、あの家の息子だったらいいかって許してくれてたもんだよ。だから、家にまで怒りに来られたことは一度もない。おおらかな時代だね。うちの親父がデカかったから、逆に文句を言われそうで見逃してくれてたのかもしれないけど。

 そんな思い出のある地元も時代とともに変わるもんだ。九頭竜川も護岸工事で水流が減ってちょろちょろとしか流れてなくて寂しいね。俺が子どもの頃は大水が出ると、川から200~300メートル離れたうちの目の前まで水が来て、水が引くと畑にアユが跳ねてたりしていたなぁ。地元で過ごした夏も、今となっては夢のようだね……。

著者プロフィールを見る
天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

天龍源一郎の記事一覧はこちら