話し合いでは「介護の義務なんてない」と主張し続けたマイコさんだが、相手の女性も折れない。その後も兄妹らは電話やメールなどで話し合いを重ねたが、議論は平行線のままだ。

「『面倒がみれないなら、勝手に別れてください。父のことは放っておいて大丈夫です』というと、女性は『そういうわけにはいかない』と言うんです。本当にきれいごとだと思いますよ」(マイコさん)

 マイコさんらは今さら父の面倒をみるつもりはなく、母の介護で精いっぱいだという。父の収入は決して多くなかったことから、今後の遺産相続も期待していない。これからも現在のような別居関係を続けたいというのが本音だ。一方で、母と妹のアコさんが住む家は、今も父名義になっており、これにも兄妹は頭を悩ませている。

 あくまで引き取りを拒み続けるマイコさんらだが、心中では「本当にこれでいいのか」という葛藤もある。思い出されるのは、マイコさんが高校生のときのことだ。

「友人や彼氏と遊ぶのが楽しくて、学校には行きたくなかったんです。家出して彼氏の家に転がり込んだのですが、どうやって調べたのか、数日後に父が家の前で一晩中張り込んで、私を連れ帰りにきたんです。今思えば、ありがたい話ですよね」(マイコさん)

 その他にも、ヨシオさんは井の頭公園に家族を連れていってくれた。みんなで高尾山を登ったこともある。夕食に近くの洋食屋に行くのは週末の恒例だった。数こそ多くないが、どれもいい思い出だという。

 母のケイコさんは最近、兄妹のいないところで兄のタカオさんの妻にこんなことを漏らしていた。

「子どもたちは覚えてないだろうけど、両手に長男・長女、背中に次女をおんぶして、駅前で、主人をつかまえて帰ろうとしたこともあるのよ」(ケイコさん)

「母は『子どもたちのため』だけではなくて、女性として父のことが好きだったと思います。あんなに女性にだらしない人でも、私たちにとっては父。憎み切れません」(マイコさん)

 ケイコさんは認知症が進行しており、この問題については話していないという。ヨシオさんをどうするべきか、親族は途方に暮れている。

 今回のケースについて、介護義務はだれにあるのか、愛人に賠償請求はできるのかを、次回の『愛人から突き返された夫 妻と子どもに面倒を見る義務はあるのか?で弁護士に解説してもらう。

(AERA dot.編集部/井上啓太)