ちなみに、正尚さん夫婦カウンセリングでは、その後、私が、
「わからないなら、何がよかったのか、美弥子さんに聞いてください」
と言いますと、正尚さんは「どうなの?」と聞かれたので、私は
「私と話したことを前提にしないで、フルセンテンスで質問してください」
と返しました。
「機嫌がよかったのは、何故なの?」
と正尚さんに聞かれ、美弥子さんは間髪入れず、
「何で、そんな上から決めつけるの? 大体……」
と話始められたので、ちょっと止めて、正尚さんに
「まずは、前回のカウンセリングの後、美弥子さんが機嫌がよかったように見えたけど、そういう認識ある?と聞いてください」
とお願いしました。 正尚さんは、
「前回のカウンセリングの後、機嫌がよかったけど、そういう認識ある?」
とおっしゃったので、しつこくも機嫌がよかったように「見えた」と言い直していただきました。
それに対して美弥子さんは、「気持ちがちょっと楽だった」とおっしゃいました。
こんなやり取りは、正尚さんにとっては時間を浪費する苦痛で「結果が出ない」話し合いです。職場での会議にはゴールがあって、そのためにはどうするべきか、意見の違いがあればどう乗り越えられるか(落としどころを見つけられるか)という構造です。これは因果がわかりやすい話です。
しかし、夫婦カウンセリングでの話し合いは違います。そもそも「2人が共有しうる前提やゴールは何だろう」が大きなテーマで、意見や考えの違いがあれば、それをどう乗り越えるかではなく、自分とは違うその考えはどういう背景から出てくるのだろう、どう考えたらそうなるんだろうということを分かり合うための話です。わかって得られるものはせいぜい「あー、なるほど、この人はこんな風に考えるのか。面白いなぁ」ぐらいで、いくら話しても「結論」は出ません。
それでも、こういう話をするカウンセリングを美弥子さんは「貴重な時間」とおっしゃり、実際、美弥子さんは帰り際には表情が明るくなるのです。そしてしばらく日常生活をするとまた戻ってしまうのです。
正尚さんにとっては、そのことを自分の腹に落とすのはとても大変なチャレンジだったようですが、腹に落ちたら、家でもコミュニケーションが変わったそうです。その報告を最後に2人はおいでにならなくなりました。(文/西澤寿樹)