“世界の王”を軸とした豪華な顔ぶれが実現? 「侍ジャパン」が昔に存在したら…【70年代編】 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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“世界の王”を軸とした豪華な顔ぶれが実現? 「侍ジャパン」が昔に存在したら…【70年代編】

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西尾典文dot.
4番は王貞治しかいない (c)朝日新聞社

4番は王貞治しかいない (c)朝日新聞社

 サッカーに比べて国際大会への関心が低い野球だが、近年はWBC、プレミア12、各年代のW杯など代表チームへの意識は年々強くなっている。そして今年は東京五輪も開催され、悲願の金メダル獲得への期待も高い。

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 では、過去を振り返って、“侍ジャパン”がなかった時代に、もし日本代表を編成するとどんなメンバーとなったのだろうか。1970年代、1980年代、1990年代の3世代で編成してみたいと思う。今回は1970年代、1976年のモントリオール五輪時点での代表チームを選んでみた。また、人数は今年の東京五輪と同様に24人とした。

 まずこの当時のプロ野球だが、巨人のV9が1973年を最後に途切れ、1975年からは阪急が日本シリーズ3連覇を果たすなど隆盛を極めていた時代である。ちなみに阪急は1976年の日本シリーズで巨人を4勝3敗で退けている。一方のセ・リーグでは巨人の一強時代が終わり、伝統球団である阪神と中日に加えて1975年に初優勝を果たした広島の勢いが増していた時期だった。そのような状況を踏まえて選んだのが以下の24人だ。

投手
山田久志(阪急)
鈴木啓示(近鉄)
村田兆治(ロッテ)
東尾修(太平洋)
小林繁(巨人)
安田猛(ヤクルト)
佐藤道郎(南海)
山口高志(阪急)
鈴木孝政(中日)
江夏豊(南海)

捕手
野村克也(南海)
田淵幸一(阪神)
大矢明彦(ヤクルト)

内野手
王貞治(巨人)
山崎裕之(ロッテ)
掛布雅之(阪神)
有藤道世(ロッテ)
山下大輔(大洋)
石渡茂(近鉄)

外野手
福本豊(阪急)
山本浩二(広島)
若松勉(ヤクルト)
張本勲(巨人)
弘田澄男(ロッテ)

※()内は当時の所属チーム

スタメン
1番 福本(センター)
2番 若松(レフト)
3番 山本(ライト)
4番 王(ファースト)
5番 有藤(サード)
6番 張本(DH)
7番 野村(キャッチャー)
8番 山崎(セカンド)
9番 山下(ショート)

 まず投手陣だが、先発はパ・リーグの一時代を築いたエースが4人並ぶ豪華な顔ぶれとなった。アンダースローの山田、左の鈴木、右の本格派・村田、右の技巧派・東尾とそれぞれタイプが異なるのも頼もしい。村田は1976年に防御率1.82という圧倒的な数字で最優秀防御率のタイトルを獲得しており、山田、鈴木も不動のエースとして活躍。東尾も低迷するチームの中で前年には最多勝に輝くなど存在感を見せている。


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