例えば、話し合いで相手を「説得」するための脅しの言葉はたくさんあります。夫婦の間の例でいえば、

「誰が家計を支えていると思っているんだ」
「悔しかったら、俺より稼いでみろ」

というような言葉に涙をのんでいる女性は少なくありません。これは、言う側は「話し合い」だと思っている一方で、言われた側は(狭い意味の)「話し合い」ではなく、単なる脅しだと感じます。

 沙瑛さん(仮名、40代、管理職)は出産を機に退職して専業主婦になりました。夫は仕事や付き合いで毎日遅く帰ってきます。夫の剛さん(仮名、40代、ITエンジニア)とは似たような業種だったので理解はしていましたが、一人乳飲み子を抱えるいわゆるワンオペ育児が本当に苦しくなって、ある土曜日、昼頃起きてきた剛さんに

「お願いだから、週に2日でいいから早く帰ってきて」

 と弱音を吐きました。すると

「君が今から働きに出ても、今の生活レベルを維持できるだけの収入が得られない。だから、僕が外で働いて、君が家事育児を分担するのが合理的なのはわかるよね。僕は君の家事育児のやり方に注文を付けたりしないでしょ(だから、僕の仕事の仕方に注文を付けないで)」

 と言われました。そのときこみあげてきた感覚はずっと胸の内に残りました。生来負けず嫌いな沙瑛さんは、子どもが幼稚園に入ると猛然と勉強を始めて資格を取り、小学校に入ると外資系企業に再就職し、めきめきと頭角を現して、日本法人の役員就任を打診されるまでになりました。それまでは役員たちに「小さい子がいるから」と配慮してもらえていましたが、就任すれば残業も海外出張ももう辞退できません。

 ちょうど次男が中学生になったので、海外出張も解禁し、夫に

「来月の〇日から社長と1週間アメリカ出張だから、子どもたちの面倒見ててね」

と言いました。夫は、びっくりして、

「お前、子どもを置いて1週間も海外出張って、そんなの非常識だろ……」

と言ったそうです。

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「専業主夫になって」10年前の言葉を投げ返した妻