──親にとっても、「子どもにこういう人生を歩んでほしい」と考えていることが、実際は刷り込みにつながっていることがありますよね。

 今の時代、子育ては親にとって大きなプレッシャーです。だから、親は子どもに影響を与え続けないといけない、と思うのも当然です。ただ、子どもに影響を与える言葉は、結局は子どもが持っている「余白」を奪うこともあると思うんです。

──為末さんは英才教育をやらないのですか?

 親の教育観は自分の経験に縛られるものですが、僕の場合は、最初から最後まで自分が夢中になって陸上をやってきたことが、成功体験につながっている。もちろん、スポーツでなくてもいいんです。子どもたちがやっていることがどんなことであれ、それが誰かに言われてやっている状況では、子どもの人生を阻害している気がするんですよね。人から言われてやっているうちは、夢中になることはできないんです。

──親の悩みとしては、夢中になるのはスマホゲームやSNSばっかりというのが多いかもしれません。

 それは、夢中になっているのではなくて、夢中にさせられているんですよね。ただ、ゲームもすべてが悪いわけではなくて、法則性を理解して、課題をクリアしていくというのは何事にも通じることです。僕の場合は、息子が自分の意見として「ここの場面はこうすればいい」と言えるように促しています。仮説が浮かんで検証して、結果にズレが生じて対策を考えるというのが、夢中になるためのサイクルなんです。一流のアスリートで、特に長く現役を続けている選手は、夢中の状態を長く継続しているんですよね。僕自身も、陸上に夢中になっていた時は強かった。

 もちろん、子どもが興味がありそうなことは、夢中になれるように親としての準備はやります。だけど、「これをやればいい」とは言わない。妻は、「もう少しマッチングをしないと子どもは夢中にすらならない」と言うのですが(笑)。

──為末さんは、どのようなことを実践していますか。

 僕は「カウンターに座って話す」って言うんです。カウンターで横に座れば、一つのことについて「僕はこう思うけど、君はどう思う?」となる。それが正面に座ると「面談」になって、強制力が出てしまいますよね。昔の教育観からすると、横に座って話すことは何も教えていないことになるのかもしれませんが、僕にとっては相手が自分で物事を考えるきっかけになってくれればいいなと思っているんです。

 ただ、子どもって夢中になるのは意外と簡単なんですが、それを継続することが難しい。だから、僕のやり方は「座右の銘」をつくるのとは逆のことをやる。一つの言葉ではなくて、自分の人生に引き出しをたくさんつくる。一つのことに縛られると、うまくいっている時はよくても、後で苦しくなってしまう。経験を重ねることで、自分が変わることを肯定すること。当たり前のことですが、親も子どももそれが難しいんですよね。

 頑張っているうちにつまずいて考え込んでいる時に、新しい道を選ぶために「フタを外す」瞬間がある。僕は、それに関心があるんです。エンジンをかけてアクセルを踏むのは自分。だけど、行き詰まってしまった時に、「こういう見方があるよ」と助言できる人がいてもいい。それを直接的に言うと説教くさいので、「僕はこういうふうに乗り越えてきたけど、君はどうかな」と伝えたかった。困った時に自分を追い詰めるのではなく、それを楽しむためのヒントになればいいなと思っています。

(聞き手/AERA dot.編集部・西岡千史)