皇居をぐるりと囲むように存在する「東京十社」とは? 専用朱印帳にミニ絵馬も (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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皇居をぐるりと囲むように存在する「東京十社」とは? 専用朱印帳にミニ絵馬も

連載「あなたの知らない神社仏閣の世界」

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東京十社めぐりの案内板(王子神社にて)

東京十社めぐりの案内板(王子神社にて)

東京十社めぐりのご朱印帳と小絵馬(赤坂氷川神社と日枝神社)

東京十社めぐりのご朱印帳と小絵馬(赤坂氷川神社と日枝神社)

東京十社めぐりご朱印(赤坂氷川神社)

東京十社めぐりご朱印(赤坂氷川神社)

 御朱印集めがすっかりブームとなって久しい。集印を始めた理由はそれぞれでも、やはり巡拝という意味合いは大きいだろう。例えばお正月の七福神巡り、四国のお遍路、各地にある霊場めぐりなど、調べるとかなりの数の巡拝路がみつかる。

【東京十社めぐりで授与される小絵馬とご朱印帳はこちら】

●東京十社とは?

 東京にも古くからいくつもの巡拝路が作られてきたが、比較的新しく、かつ格式高い神社を結んだ「東京十社めぐり」というお参りルートがある。最近は各種SNSなどでも発信されているので、ご存じの方も多いのではないだろうか。

 東京十社とは、赤坂の日枝神社、文京区の根津神社、芝大門の芝大神宮、神田明神でも知られる神田神社、文京あじさいまつりの会場となる白山神社、天神さまで知られる亀戸天神社、北の天王社と呼ばれる品川神社、深川の富岡八幡神社、王子の権現さま王子神社、赤坂の氷川神社の10社を指す。これらはすべて元・准勅祭社(もとじゅんちょくさいしゃ)と呼ばれている。

●なぜ「元・准勅祭社」と呼ばれるのか?

 天皇が勅使を派遣して祭祀奉幣(さいしほうへい)を行わせていた神社を勅祭社と呼び、平安時代には22社あったなど古くから記録に残っているが、明治元(1868)年に天皇が東京へ住まいを移すにあたり(東京遷都)、大宮氷川神社を新たに勅祭社と定めた。この時同時に、東京の大社から12社が准勅祭社として東京の鎮護と安泰を祈念する社として選ばれたのである。ただし、この准勅祭社は制定から3年後には廃止となってしまったため、元・准勅祭社と呼ばれているのだ。

●専用のご朱印帳なども

 1975(昭和50)年の昭和天皇即位50年の記念の年、元・准勅祭社12社のうち23区内に鎮座する10社を巡拝する「東京十社巡り」が企画されることとなり、東京の有名神社を結ぶルートが確立された。現在、「東京十社めぐり」専用の朱印帳のほか各社でミニ絵馬が授与されている。ミニ絵馬を10社分集めてすべて掛けることができる専用の大絵馬も用意されていて、集印だけではない楽しみ方もできる。

 都内とはいえ、10社を1日で巡拝するのはなかなか忙しい。まして御朱印をいただくとしたら1日5社くらいが限界かもしれない。ちなみに各社、社務所の受付時間はまちまちだが、だいたい朝9時から午後5時前には終了してしまうので、休日など混雑が見込まれる日の参拝にはより計画性が求められる。


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