ピエール瀧容疑者 (c)朝日新聞社
ピエール瀧容疑者 (c)朝日新聞社

 ピエール瀧が薬物使用の疑いで逮捕されたというニュースを聞いて驚いた。そして、驚いた自分にも驚いた。どちらかと言うと私は普段から「どんなことでも起こりうる」と思っているタイプなので、芸能人の不祥事などのニュースを聞いてもあまり動揺することはない。まあ、そういうこともあるか、という程度にしか思わないのが普通だ。

 だが、今回は違った。少なからずびっくりしたし、ショックを受けた。ミュージシャン、タレント、俳優として、ピエール瀧のことを必ずしも熱心に追いかけてきたわけではない。「好きな芸能人は?」と聞かれて真っ先に名前が浮かぶほどではない。でも、ピエール瀧は私の中で何らかの「価値観」を象徴するものだった。今回のことでそれが揺さぶられたという感覚を覚えた。

 その価値観とは、あえてバカみたいに単純に言うなら「ふざけることはすばらしいことだ」ということである。私の中のピエール瀧の最初のイメージは『電気グルーヴのオールナイトニッポン』に代表されるラジオ番組である。

 電気グルーヴの石野卓球とピエール瀧は、ラジオでいつも楽しそうにトークをしていた。そのしゃべりの面白さは、プロの芸人の生み出す笑いとも違う性質のものだった。高校時代からの旧友でもある彼らは、自分たちが楽しみながらはしゃぎ続けていた。それは「フリがあってオチがある」といういわゆる芸人的な笑いとは異なり、荒削りだが人を巻き込む破壊力のある笑いだった。

 ちょっとした言語感覚の面白さを追求したり、音楽的なセンスを見せたりするような場面もあった。とにかく自分たちの感覚を絶対的に信じて、それだけに頼っている感じが心地よかった。「ネタを考える、舞台に上がる、笑いを取る」という泥臭い過程を経て技を磨いていくプロの芸人にはあまりこういうタイプの人はいない。電気グルーヴは泥の臭いのしないエンターテイナーだった。

 音楽番組に出たり、バラエティに出たりしたときにも、彼らはいつもふざけていた。ライブでは卓球が音をコントロールして、瀧がフロントマンとして最前線に立ち、奇怪なコスプレや派手なパフォーマンスで観客を盛り上げた。それは、卓球が主導して瀧がそこに絡んでいくというフリートークにおける関係性と同じだった。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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