フレディ・マーキュリーの死 「不治の病」だったエイズの治療が劇的に進歩した理由 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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フレディ・マーキュリーの死 「不治の病」だったエイズの治療が劇的に進歩した理由

連載「歴史上の人物を診る」

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早川智dot.#ライフ
凡百のロック音楽とは一線を画するものであった(写真:getty images)

凡百のロック音楽とは一線を画するものであった(写真:getty images)

 今でも愛聴される「キラー・クイーン」「ボヘミアン・ラプソディ」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「愛という名の欲望」などは凡百のロック音楽とは一線を画するものであった。さらにソロ・アルバム「Mr. バッド・ガイ」や1988年にはオペラ歌手モンセラ・カバリエとの競演アルバム「バルセロナ」など新たな挑戦を続けたが、1991年11月24日エイズによる呼吸不全でその生涯を閉じた。享年45。

■エイズの歴史と治療法

 エイズはレトロウイルスの一つであるHIVの感染により生体防御系の荒廃と日和見感染から致死的経過をたどることのある疾患である。 1981年に米国で高度の免疫不全からニューモシスチス肺炎(当時はカリニ肺炎)で死亡した患者が報告され2年後にCD4陽性のヘルパーT細胞を選択的に破壊するレトロウイルス(Human Immunodeficiency Virus、 HIV)が分離されて、はや35年になる。

 当初は不治の病として恐れられたHIV感染症・AIDSであるが、この10年の診療の進歩は眼を見張るものがある。HIVに対して最初に有効性が証明されたのはヌクレオシド逆転写阻害剤「アジドチミジン」(azidothymidine, AZT)である。しかし、耐性を生じやすく延命効果は限定的であった。1996年には多剤併用による治療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapy, HAART, 現在ではART)が開発され、患者の予後は劇的に改善した。実際、HIVに感染していると診断された患者の平均余命は、ART導入前は数年であったのが、2000年以降は非感染者と変わらないところまで延びた。しかし、患者の高年齢化により、長期内服の副作用や慢性疾患の合併、悪性疾患の出現などさまざまな問題への対策の必要性も出てきている。

 治療開始の時期についても、近年、大きな進歩があった。


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