従来、HIV感染症は「細胞性免疫不全を引き起こす疾患」という側面のみで理解されてきたが、慢性ウイルス血症による「全身性炎症性疾患」であるという、新たな概念に基づき、診断後速やかに治療開始するほど、生命予後が改善することから、「感染者の全員治療」という戦略が提唱されるに至った。さらに、感染者に予防的治療(Treatment as prevention)を行うことで血中のウイルス量を検出限界以下まで低下させれば、感染者からパートナーへの二次感染のリスクが著しく低下する。二次感染者を大きく減少させることから、社会全体の感染者を減らすうえで早期治療は極めて有効な戦略である。

 そして、ここ数年のトピックがHIV非感染者への曝露前予防(PrEP:PreExposureProphylaxis)である。有効なワクチンのないマラリアや新型インフルエンザに対しては、曝露者に対し予防的な抗微生物薬の投与が行われる。HIV感染に対しても抗ウイルス薬の内服で90%以上の予防が可能である。しかし、非感染者における長期内服の安全性とコスト、耐性ウイルスの出現、そしてコンドーム不使用に伴う他の性感染症の蔓延といった新たな問題も生じている。

■エイズと芸術活動

 フレディ・マーキュリーの他にも構造主義から出でたポスト構造主義者として名高い哲学者ミシェル・フーコーやポップアートの旗手だったキース・ヘリング、スタジオ写真の鬼才ロバート・メイプルソープなど多数の有名無名の芸術家がエイズで死亡している。彼らの多くは同性愛者か薬物常用者であったが、同時に高い知性で自分の病気の状態と予後を理解しており、エイズが晩年の芸術活動に何らかの影響を及ぼした可能性がある。どの人も現在だったら助けられるのにと思うことしきりである。

◯早川 智(はやかわ・さとし)
1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など。

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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