大坂なおみに「ナイスやんか」奇妙な大阪弁でコーチした父「私が子どもの頃、クエストを運転していた」 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

大坂なおみに「ナイスやんか」奇妙な大阪弁でコーチした父「私が子どもの頃、クエストを運転していた」

このエントリーをはてなブックマークに追加
福井しほdot.

大坂なおみ(撮影/遠崎智宏)

大坂なおみ(撮影/遠崎智宏)

 テニスの全米オープン優勝を果たした大坂なおみ選手(20)が13日午前、凱旋帰国。出迎えたスポンサーの日清ホールディングスの安藤宏基社長から花束を受け取ると、続いて日産の「ブランドアンバサダー」に就任した。横浜市内で開かれた会見には大勢の報道陣が詰めかけ、「大坂特需」となっている。

【写真特集】就任発表会の様子をフォトギャラリーで紹介!

 大坂選手は日産の「セレナ」という自動車について質問されると、「知りませんでした。ごめんなさい!」と笑顔。以下は司会者との一問一答。

――大坂さんの運転はワイルドでは?

 No! いつも安全運転です!

――日産で一番好きな車があるって聞いています。

 GTRです。速い。

――GTR、プレゼントします。

 ありがとうございます。

――大坂選手は「ゲームチェンジャー」と言われていますが、どんな人がテニス界のゲームチェンジャーになると思いますか?

 私でしょうか? もしかるすると。今よりももっとランクの上にいって、ゲームチェンジャーになりたいと思います。

――車との思い出はありますか?

 父親が日産クエストを運転していました。ずいぶん長いこと運転していたので、子どもの頃の車との思い出かな。

――マイアミでGTRに乗ってどこに行きますか?

 練習します! 練習して、運転します。

――グランドスラムで優勝して、今後の夢は?

 年末まで頑張って、トップ5にできれば入りたいです。

 会見で父の愛車が日産のクエストだったと子供の頃の思い出を明かした大坂選手。

 3歳までは大阪市内で育った。大坂選手が幼い頃に通っていた「ICT靭テニスセンター」では、ハイチ出身の米国人である父親のレオナルド・フランソワさんがテニスの手ほどきをしたという。

 米国メディアの報道によると、大坂選手が日本で暮らしやすいように父親の名字ではなく、母親の日本名を使うようになったという。父親は大阪市内で英語講師などをしていたという。父親の元同僚がこう振り返る。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい