「ネット炎上」は、既にネットの常識となりつつある。

 西日本豪雨では、ある女性タレントが、災害情報をネットでシェアしただけで、「私、良いことしてます。って感じが、ウザい」などと批判された。善意にもとづく、何ら問題ないように見えた発信が、炎上を引き起こす結果となったのだ。

 ネット上のコミュニケーションで起こる、実社会では想像もしなかった反応に、驚きとまどう人も多いだろう。身におぼえのないことで集中的な批判を浴びて、精神的に追い詰められてしまうケースも多いという。

 今後私たちは、このようなネット社会をどのような心構えで生きていけばいいのだろうか。『炎上とクチコミの経済学』の著書がある、国際大学の山口真一氏に寄稿してもらった。

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 インターネットが誕生し、誰もが自由に、不特定多数に対して情報を発信できるようになり、「一億総メディア時代」とも呼べる時代が到来した。人々の発信は、経済・社会・政治など、あらゆる分野で大きな影響を与える。まさに、革命的な変化が訪れたといえるだろう。

 当初は、議論の活発化と、それによる知識創造によって、社会は良くなるだろうと期待されていた。しかし、その結果は、何でもかんでもに批判がついてしまう、窮屈で「不寛容な社会」が訪れてしまったのである。

 このような不寛容さは、人々に表現の萎縮をもたらす。なぜなら、批判から確実に逃れるためには、「発信するのをやめる」しかないからである。

 実際、ネット上では批判の付きやすい話題(政治、安全保障、ジェンダー等)を避けているという人も多いのではないだろうか。私が2014年に行った調査によると、実に70%の人は、ネットが「怖いところ」だと考えているようである。せっかく一億総メディア時代になったにもかかわらず、政府ではなく人々の発信(批判)によって、表現の萎縮が起こってしまっているのである。

■多少の批判を受けるのは「当たり前」だと捉える

 私たちは、このようなネット言論、そしてそれによる「不寛容社会」と、どのように向き合っていけば良いのだろうか。

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まず大切なのは…